10−13. レノックス家の処理
そしてケント平原の戦いの日の夜、南部のレノックス領にはまだ敗報が届いていなかった。長男のヴァージルは不安げに父であるジャービス・レノックスに尋ねた。
「戦闘はどうなっているでしょうか…」
「経過はともかく、最終的には王国部隊は総崩れになるだろう。奴等には覚悟が無いからな」
「それでは我等の味方も損害を受けるのでは?」
「そうなるだろうから守り気味に動けとは指示してある。いずれにせよ、外国人を帝国に入れたのは皇帝の末娘を迎撃に向かわせる為だ。あの地での勝敗は最初から計算に入れていない」
「そうなると、ファーガスの部隊が重要ですね…」
長男の怯えを感じて、ジャービスは窘めた。
「どうした、今更弱気になったか?皇帝は皇弟が足止めをしている。そうして末娘を戦場に出せば、場慣れしていない末娘は少なからず消耗する。その帰途を襲えば必ず仕留められよう。末娘さえ殺してしまえば、人形の第一王子とスペンサー候しか残らん。そんな小物で帝国は支えられまい。ファーガスの勝報を待てば良いのだ」
一方、その時、レノックス公の館の東の通用門が開いていた。門の表と裏の警備兵は既にこと切れていた。そこから最も近い館の扉も開いていた。扉の中から漏れて来る光が、その扉の内外に転がっている男達の顔を照らしていた。もちろん、その男達は息をしていなかった。
館の東通路が中央に伸びていたが、そこかしこに男達が倒れていた。壁にかけられた常夜灯の光が、その男達の身体の下の血だまりを微かに照らしていた。そこから数段の階段を登ったところから西は本館になっていた。その本館の待機室から抜剣した男達が走り寄った先には数人の男達が立っていた。
「賊が!この程度の人数で当家をどうにか出来ると思うなよ!」
この言葉の間に警備兵が集まって来た。それを待って先ほど口を開いた男が指示を出した。
「かかれ!」
賊、と呼ばれた男達の中心にいた、マントを付けた男が、一歩踏み込んだ。その先にいた男はなす術も無く血を吹き倒れた。その男の右手に立っていた男が斬りかかろうとするが、それより先に、マントの男の斬り上げでその男は吹き飛ばされた。
最初に斬られた男の左手に立っていた男は、一歩踏み込んで右薙ぎに斬ろうとしたが、マントの男の斬り下ろしの方が早かった。横一列に突っ込もうとしていたレノックス公の警備兵の中央が崩れた。
そして二列目の男達はまだ斬りかかる準備が出来ていなかった。だからマントの男の踏込みと斬り上げに対処出来ず、中央の男は吹き飛ばされた。その男の右手にいた男は突こうとして剣を寝かそうとしたが、その隙に踏み込まれ斬り下ろされた。そして斬られた二人の左側に位置していた男も、斬り上げで吹き飛んだ。
こうして斬りかかった筈のレノックス公の警備兵は中央突破され、踏み込んだマントの男は指示を出していた男を斬り捨てた。
後尾にいた男は、これを公爵に報告するという使命を思い付いた。
「報告してきます!」
そう言ってその男は領主の部屋に向かって走って行った。
その男は逃げて正解だった。踏込み速度で間合いを管理するマントの男は、一方的に警備兵を斬り殺し続けた。要するに、誰もその男の踏込み速度に対応出来なかったのだ。
そして本館の二階に上がり、公爵の部屋の警備兵に大声で報告した。
「侵入者です!手練れの為、一階の警備の者では太刀打ち出来ません。閣下に対応の上申をお願いします!」
扉の両側に立っていた立哨の一人が部屋に入り、公爵に報告した。
「閣下!侵入者です!移動される様、お願いします!」
ヴァージルは何が起こっているのか分からなかった。一方、ジャービスは腹が座っていた。逆襲もあり得ると思っていたのだ。
「敵の数は!?」
「少数…」
立哨の男の報告の途中で、廊下に叫び声が響いた。
「何者だ!名を名乗れ!」
「うわぁ!」
報告に上がって来た者がまず斬られた。そして立哨の者が抜剣しようとした瞬間、賊は立哨の男を斬り上げた。
「ぐはぁっ」
半ば開いていた扉の間から、マントを付けた男が入って来た。その男の顔を見て、ジャービスの声が震えた。
「ライサンダー……」
マントを付けた男は、帝国最強の剣士、皇帝騎士のライサンダー・マックスウェルだった。
「皇帝を放ってこんな所に来て良いのか!?」
ライサンダーは顔色一つ変えずに言った。
「あの男に護衛など不要だ。全て燃やしてしまえば良いのだからな」
「なら、なぜ護衛などやっている!?」
「あの男の近くが、一番上等な敵を斬れる場所だからな」
皇帝騎士ライサンダーには正義も大義も忠義も無かった。ただ人を斬る事だけ考えて生きて来た男だった。
「御託は良い。抜け。でなければ敵に立ち向かわずに死んだ腑抜けとして恥を晒すだけだぞ?」
ジャービスはライサンダーを横目に見ながら、机の横のスタンドに置いた剣を掴んだ。
「ヴァージル!お前も剣を持て!」
そう、長男のヴァージルは棒立ちで呆けていた。今晩、本拠地で敵襲に会うなどと考えてもいなかったんだ。
ヴァージルもスタンドに置いた剣を取った。仕方なく剣を抜いて構えたが、とにかく覚悟が出来ていなかった。ジャービスの横で、最初に部屋に入って来た立哨の男が剣を構えた。ヴァージルはよろよろよろめきながらジャービスの左斜め後ろに立った。
ライサンダーが低い声で言った。
「行くぞ」
受けて立つ三人は、ともかくライサンダーの踏込みを見て動きを決めようとした。だが、ライサンダーの踏込みと斬り下ろしは、一瞬の間にジャービスを斬った。一拍遅れて動きだした立哨の男は、やはり瞬速の斬り上げに吹き飛んだ。ジャービスを踏み越えたライサンダーの斬り下しに、ヴァージルは全く反応出来なかった。
「不甲斐ない。これなら馬鹿娘の方が楽しめそうだ」
こうして、ライサンダーと僅かな手勢は、馬の後ろにジャービスとヴァージルのレノックス親子の首をぶら下げて夜の道をゆっくり進んで行った。馬もライサンダーも夜目は利く方だった。
馬鹿娘というのはもちろんエグバート帝の娘です。人の命の価値を認めない人斬りから見れば、放っておいても死ぬ貧民を救おうなど、馬鹿げて見える訳です。




