10−11. 待ち伏せ (2)
倒れて散乱している味方の死体・あるいは怪我人の為に、最初の4列10人の生き残りはアンジェリーナ隊への組織的攻撃が出来ずにいた。あり得ない現状に戸惑っている面もあった。
本来の作戦通りの流れになっていない事は、歴戦の指揮官なら理解出来る事だった。戦場は錯綜し、思った様には動かないものだ。しかし、武術を鍛えてはいるが、基本はお坊ちゃまで大切にされているファーガス・レノックスは現状認識が出来ておらず、馬上で呆然としていた。
獲物はアンジェリーナであり、狩人は自分達と思い込み、逆にアンジェリーナがここでレノックス公の息子を狩るつもりだったという事が理解出来ないでいた。
しかし、実質上の指揮官は逆襲され大将の危機である事を理解した。
「前列!一斉突撃!」
狭い裏街道では6人が横に並ぶ事が出来なかった。それをすると後方の予備部隊がすり抜けられなくなるからだ。
だから、4人が同時にアンジェリーナ達に襲い掛かろうとしても、これまでの4列攻撃と同じ結果になった。一方、3列目には槍を持たせていた為、これが前列の人間の横から前に突かれた。それは、風に流されて大きく上に逸れた。アンジェリーナは個別の敵の攻撃に風魔法で対処していた。だからここまで誰にも斬られず、一方的に斬りつけていたのだ。
ファーガス・レノックスの前にいた者達が前進した為に空いた空間に、実質上の指揮官が割り込み、接近してくるアンジェリーナに馬上槍を振るった。充分力強い筈の槍は、この手練れの指揮官には信じられない程、相手から離れた空間を進んで行った。その隙にアンジェリーナは馬の目を斬った。
手綱を片手で持っていた指揮官は、痛みで前身を上げた馬から振り落とされた。そこを前第一騎士団長が両手剣を振り下ろし、頭蓋を粉砕した。
この修羅場に頭が真っ白になっていたファーガス・レノックスも、アンジェリーナに手綱を斬られ、その上でやはり馬の首を斬られた。いきり立った馬に振り落とされたファーガスは、今度はスチュアートの剣で首を半ば切り落とされて絶命した。
二人の指揮官の後ろに位置していた後列は何せ馬が邪魔で前がしっかり見えていなかった。だから突進してきたアンジェリーナとその後続になす術もなく切り裂かれた。
その後ろの予備兵力50人の内、こちらは二手に分かれて戦場に派遣される可能性があった為に騎乗する二人が指揮していたが、一人が大声で指示した。
「撤収!」
その声を聞いて、左右からの挟撃部隊はすぐに道から外れて逃げ出した。後方から接近して、退路を絶っていた部隊は道を後退して行った。そして、予備部隊は坂道を転がり落ちる様に逃げて行った。
それを見てアンジェリーナも指示を出した。
「全員、停止。四方を警戒」
アンジェリーナと前第一騎士団長、そしてスチュアートは騎乗していた内、立ちすくんでいた者の死体の顔を見た。
「レノックス公の息子か?」
「見た顔ですが…」
そこに影の諜報部長イーノックがやって来た。彼は元々騎士団の斥候だったので、この集団に加われる程の強者だった。
「ファーガス・レノックス、レノックス公の三男で、領地で精鋭部隊を鍛えていた者です」
「まあ、騎乗していた二人の遺体は帝都に運ぶ事にしよう。どうせ馬車はほとんど空だ」
スチュアートはアンジェリーナを細目で見ながら言った。
「君が命を危険に晒してまで狩る獲物だったとは思えないが…」
アンジェリーナは微笑んだ。
「裏が見えていないわ。いい?イーノックは『この男が領地で精鋭部隊を鍛えていた』と言ったのよ。つまり、今の襲撃部隊が精鋭部隊と言う事」
「その割りにはもろかったと思うが…」
「会戦での包囲戦は難しいのよ。今回、連中は半数の150人を左右と後ろに配置した。だから本陣には100人しかいなかった。予備部隊は本陣に阻まれ私達を攻撃出来なかったし」
「100人を30人で相手にするのも難しいと思うが…」
「私が斬りこむ、そこを後続が拡大する。だから、特別ゴツイ男達を集めたのよ」
周囲の男達は苦笑いをした。特別ゴツイ、自分自身もそう思う男達だが、全員一対一でアンジェリーナに倒されて軍門に下っているのだ。
「…君が誰よりも強いと、私としてもやる事が無いな」
「何を言っているの。命懸けで私の背中を守ってくれるのでしょう?その言葉を信頼しているから、前だけ見ていられるのじゃない」
「…まあ、一応誉め言葉と受け取っておこう」
「それは良いのだけれど、そろそろ意図に気づいてくれない?」
「精鋭部隊を吊り出したと?」
「そう、彼等は外国人を呼び込んで、それを餌に私を呼び寄せた。それに対し、私達は私を餌にこの精鋭部隊を呼び寄せた。分かった?」
「…つまり、レノックス公の本拠地を手薄にして攻め込んでいる訳か…」
「そう。アンジェリーナ皇女暗殺の首謀者として処分しに行っているの」
「移動時間を考えると、順序が合わないが」
「名目として成り立てば良いのよ」
「そう言う事だから、ここでの戦闘は終了、我々は戻るのだけれど…スチュアート・モントローズ卿、あなたにお願いがあるの」
「何かね?」
「四散した王国側逃亡兵の投降の説得にあたって欲しいの。モントローズ家の名で、四散した兵を敵前逃亡の罪で裁かないと保証して欲しいの」
「…私は君を守ると約束している」
「スチュー、あなたは私があなたが思う『善行』を行った時、嬉しそうに笑うでしょう?あなたと私の望む事はとても近いのよ。だから、今あなたが望んでいる事は私の望んでいる事。多くの両国国民を守る為に尽力してくれない?」
ほっと息をした後、スチュアートは答えた。
「分かった。両国がこれ以上憎しみ合わない様に、微力を尽くさせてもらおう」
死地で親しげに話せるのは、しっかりした絆がある者達だけだと思う。




