10−9. 王国部隊の敗走
ケント平原西部の林の中の天幕にいたフレドリック王子とロジアン侯爵の元に、連絡兵が駆け込んで来た。
「申し上げます!平原中央の味方は総崩れとなりました!撤収を進言いたします!」
ロジアン侯爵は答えた。
「天幕を畳め!撤退準備!一部の兵は林から平原側に出て、我が軍旗を掲げよ!敗走する兵を一人でも多く国に帰さねばならん!」
その言葉に幕僚は進言した。
「まだ侵攻全体が潰えた訳ではありません。アシュフォードの街で反攻準備をすべきと考えます」
「それも味方がどれだけ再集結出来るかによる!だから我が軍旗の下に味方を集める様にせよ!いずれにせよこの平原での迎撃は出来まい!?」
「仰る通りです」
天幕の中でも、皇帝側が天候魔法も竜巻をも使った事の報告は受けていた。そんな両国随一の風魔法使いに平原で相対するのは明らかに無謀だ。そしてそれは、この平原に火烈帝エグバートの後継者が現われた事を示していた。ロジアン侯爵の幕僚達は、王国内で流れていた噂がデマである事を悟っていた。
レノックス公の配下の者達の内、上層部には、エルザ皇女とグレーズ皇女に対してアンジェリーナが使った魔法の情報はあった。だから、ここに本物のアンジェリーナが現われても、防御的か強風の魔法程度と考えていた為、嵐まで操って見せた事は予想外の事だった。
「隊列を組みなおせ!散開するな!」
「離散しては敵に見つかった時にひとたまりもない!集結せよ!」
必死の指示で、兵の半数が何とか思い止まっていた。
よって、レノックス公の反乱連合は何とか隊列を作って退却していたので、数に劣る皇帝側は、隊列が作れていない王国からの侵攻部隊の掃討に力を入れる事になった。
ロジアン侯爵の集団は味方の後退を待ち続けたが、商人系の新興貴族達は次々とアシュフォード方面に逃げて行った。兵の到着を待たなかったのだ。そうして先に逃げる者を見ると、タカ派貴族達も次々と逃げ始めた。
「ご覧になりましたか?」
ロジアン侯爵はフレドリック王子に語りかけた。
「…部下を待たずに逃げてしまった事ですか?」
「ええ。これが連中の正体ですよ。商人系の新興貴族は良い。損得勘定で動いていますから、自分の命を優先するのは当然でしょう。大言壮語を吐いていた連中が同じ行動を取る。その意味が分かりますか?」
「つまり、正義大義は名目で、本音は自分の利益を優先していると?」
「ええ」
フレドリックには耳に痛い言葉だった。
(…それは自分も同じだ。こうして侵攻すれば、本物の皇女が出て来て、火烈帝の娘に相応しい実力を示して侵攻軍を蹴散らす…そうして被害が出る事まで考えられなかった。自分の利益…そうは言えないかもしれないけれど、自分の望みを優先して、その結果を想像出来ていなかった…)
ロジアン候の旗の下には、他の貴族の部下達も集まって来た。
「上司が見当たりません。当面、ロジアン候の指揮下に入ります」
「分かった。勝手に撤退した訳では無い事は、後日証言しよう」
「ありがとうございます」
上官の指示なく戦場を離れれば、それは敵前逃亡罪、極刑が待っている。
とは言え、帝国の追撃が迫りつつある。ロジアン侯爵も決断した。
「全員、撤収を開始せよ。後から合流した者達は、指揮官名と上司名を記録しておけ」
「はい。殿に少数の伏兵を置いておきます」
「態々魔法師を丘に集めさせて真っ先に葬った策士の相手指揮官が深追いを指示するとは思えんが、末端が勝手に動くかもしれん。伏兵に置いた者達の名を必ず記録しておけ」
「了解しました」
一方、アンジェリーナの前線司令部からも指示が出た。
「事前の命令通り、平原内を掃討、林に入っての追撃を禁止する。アシュフォードの解放は第三騎士団国境警備隊の指揮で行う」
前第一騎士団長がアンジェリーナに確認した。
「それでは、現時点で当地の指揮を第二騎士団司令部に移管します」
「第二騎士団は現状を把握しております。皇女殿下のご来援に深く感謝いたします」
「お互い仕事だから気にする必要は無い。侵略者と反乱軍の撃退が出来て良かった」
そうしてアンジェリーナの指揮する臨時前線司令部は早速帝都に向けて移動を開始した。
「やれやれ。前線司令部も最高国防会議も兼ねるというのも、随分忙しいものだな」
スチュアート・モントローズの言葉にアンジェリーナは答えた。
「分かっているのでしょう?」
「ああ。皇帝の後継者、アンジェリーナ皇女ここに在り、を行動で示さなければいけなかった。レノックス公が連れ込んだ外敵を皇女が撃退した以上、もうレノックス公が何を言っても彼等の後援する者が皇帝になる事はない」
「そうなるわね」
「そして、火烈帝の後継者も…暴風女帝か…そんな分かりやすい二つ名を広められる」
「…スチュ―、そんな呼び名を喜ぶ女がいると思う?」
「私が言いたい訳じゃない。そういう政治的理由があるだろう、と言っているだけだ」
「だったらもう少しセンスを感じる呼び名にしなさい」
「世間の噂は私には関係無い。私にとっての君は、ただただ我が君にして我が愛しの君だ」
アンジェリーナは視線を下げた。
「あなたってもっと実直な人と思っていたわ。まるで女たらしよ」
「仕方が無い。運命の女に出会ってしまえば、男は詩人になるしかない」
真顔でそんな事を言うスチュアートに、アンジェリーナは俯いて赤面した。
王国側は偽皇女などを立てる皇帝側の不実が侵攻理由の一つでしたから、本物の皇女はこちら、と分かれば動機が希薄になります。




