10−6. 会戦の朝
翌朝、アシュフォードの街は商店以外も全ての家が戸を固く閉じ、誰も外に出ない状況だった。もちろん、昨晩20件以上のトラブルが発生した事も帝国諜報部は掴んでいた。その諜報情報はアンジェリーナのいる前線司令部にも伝えられた。
「25年前の再現となった様ね」
諜報を司るイーノックが尋ねた。
「各部隊に伝達します。よろしいですか?」
「もちろん。勝つための要素は少しでも増やさないと」
「了解しました」
アンジェリーナは元騎士団長達にも命令した。
「敵の動きは遅い。見張り以外は9時までは林の中で待機させよ」
「了解しました」
スチュアート・モントローズが口を開いた。
「25年前にも王国の侵攻軍は暴行・略奪を働いたと?」
「聞いていないの?」
「我が家は当時の王に侵攻を抗議し、出撃しなかったんだ。語る者がいないんだ」
「侵攻前には帝国を貶め、見下すような広報宣伝が行われたのでしょう?見下し、国家の主権を認めない連中が、見下す国の国民を人間扱いする筈がないでしょう?」
「…すまん。耳にも胸にも痛い言葉だ」
「あなたのお家はまともな方だと信じているわ」
「慰めにはならないが、まあ礼を言っておこう」
「まあ、逃亡兵による被害が過半数だったとは言っておくわ」
「…洒落にならん」
今晩以降はアシュフォード周辺の治安が著しく悪化するという予想だ。
そのアシュフォードの街では、バークシャー伯爵の部下達とロジアン候他の王国貴族の作戦会議が開かれた。
「昨日お話しした通り、昼前に王国の方々はケント平原の西部に移動、我々の部隊は平原南部に移動します。昼少し前から平原中央に向け斥候を放ち、問題なければ中央の丘を双方の先行部隊で確保、そこに魔法師部隊を移動させます。この魔法部隊の遠距離攻撃の支援の元、南側から我々が進軍、北側から貴方方の部隊が進軍、ケント平原全体を掃討します。13時前後に軽騎兵部隊が平原南部に到着予定と思われますが、軽騎兵隊との連絡は取れていますでしょうか?」
それはロジアン侯爵が伝令兵を出していた。
「経路的には昼前に到着する距離だ。途中で時間調整は行うと言って来ている」
「ありがとうございます。では、10時前後にこちらからの出発をお願いします」
フレドリック王子は何気ない緊張感を味わったので、ロジアン侯爵に尋ねた。
「昨晩の事件は話題になりませんでしたね」
「事件を起こした側の上司は緊張しておりました」
「やはり戦闘前にはそういう話は出しにくいのでしょうか?」
「それこそ味方の分断に繋がり、負ける要素になってしまいますから。もちろん、今日のケント平原の戦いの後には、綱紀粛正を依頼されるでしょう」
「戦闘後にはやはり軍記が乱れるものでしょうか?」
「負け戦なら食いつなぐ為に略奪を行うし、勝てば気が大きくなっており暴力に酔う者が増えますから、注意が必用ですね」
「指揮官というのは色々気を使わないといけないのですね…」
「何、細かい事は幕僚が気にかける事ですので、そういう幕僚を揃えれば良い事です」
「そういう、と言う事は、そうでない者もいるのですか?」
「今回はあちらの指揮に従っていますが、普通は作戦立案、輜重の運用に優れた者をまず配置するでしょうね」
「そういう部下は連れて来られて?」
「こう申しては何ですが、退路に殿下をお連れする役に最も優れた能力を持つ者を充てています」
「…それはありがとうございます」
マーシア王国の部隊の先導にバークシャー伯爵の部隊から2騎が用意されていたから、王国侵攻部隊は道には迷わなかった。
「へへっ、お前、真っ青な顔してんじゃねぇよ」
「お前こそ震えてるんじゃねぇよ」
「お前等、びびってるんじゃねぇよ」
「うるせぇな馬鹿野郎!」
王国侵攻部隊は、貴族用の馬車はアシュフォード付近に残している。フレドリックは騎乗する騎士の後ろに乗せてもらっているが、隣で騎乗しているロジアン侯爵に尋ねた。
「味方が騒がしい様ですが…」
「戦場を前に、臆病の虫が出ている者がいるのでしょう。何も考えずに戦場に出るよりは良いのですが、私語は止めるべきですね。こういうのが緩いのはタカ派の部下でしょう」
「タカ派でない貴族は軍紀が厳しいのですか?」
「伝統貴族ならそういうノウハウがありますから。一方、新興の商人系貴族は部下の無駄な動きを嫌いますから、規律は守られる傾向があります」
「何故タカ派は緩いのですか?」
「トップが気分屋で非論理的ですから。普段から景気の良い事を言う者を好んで侍らせます。だから真面目な人間は逃げて行きます」
「そういうものですか…」
「タカ派には扇動家が多い。威勢の良い事を言って人気を集めるのが目的で主戦派化します。そうして慎重派を『逃げ腰』と称して攻撃します。だから、論理的・計画的な慎重派はそもそも追い出されます」
「そんな連中が陣中にいるのは問題では?」
「進んでいる時は良いのですよ。景気が良いから。退く時には問題ですね」
攻める時には非論理的に攻勢を主張し、意に沿わない慎重派を攻撃する。退く時は敗因を他人に押し付ける為に非論理的に誹謗中傷する。ロジアン侯爵は25年前にそういう連中を見ていた。
軍紀が厳しい筈の国でも、司令部から離れるほど軍紀は乱れる傾向はある様ですが。




