10−3. 男の死に様 (2)
「母の今際の言葉は『喧嘩の相手がおらぬのはつまらぬ』だったそうだ」
「あの母らしい言葉ですね」
先帝が亡くなってすぐ、ディビッドは北へ向かった。だから母の死に際に会えなかった。皇帝エグバートは伝えるべき言葉を、伝えられる内に伝えたのだ。
半マイルも歩いたところでエグバートは立ち止まった。
「この辺りでよかろう」
「兄上に問題がなければ」
そこでエグバートは南に30ft、ディビッドは北に30ft歩いた。だから二人の距離は60ft開いた。
「初手はくれてやる」
エグバートの言葉はディビッドに届いた。
ディビッドはその保持する魔力の大きさを利用し、突風を起こした。力づくで大きくした初球魔法のブロウに過ぎない。対してエグバートはフレームランスをぶつけた。フレームランスの爆発でディビッドの起こした突風は相殺された。
ディビッドは兄の魔力の残渣が漂う空間を嫌い、横風で高温の空気を横に流した。続いて鎌鼬を4連で放った。対してエグバートは上下左右30ftのファイアウォールを作った。鎌鼬はファイアーウォールにぶつかった段階でエグバートの魔力干渉を受けて消失した。
次いでディビッドはブロウの上位魔法ゲイルを左右からエグバートにぶつけた。これもエグバートの左右へのフレームランスをぶつけられ、その爆発で相殺された。
そして、ディビッドは自らの周囲に強風を回し、速度を上げた気流をエグバートにぶつけた。トルネードに当たる範囲魔法だったが、エグバートもファイアトルネードをぶつけて相殺した。
ディビッドはここで肩を落とした。帝国二番目の魔法使いとは言え、風魔法の限界を思い知らされていたのだ。分かっていた事でもある。
対してエグバートが思った事は、風魔法の可能性だった。
(馬鹿娘には知恵を与え過ぎたか)
アンジェリーナに付けた老人達は、言うなれば帝国の英知を極めた者達だった。エルザとグレースに使ったダウンバーストの魔法は、それらの知恵なくしては実現出来ないものだった。もはや物理現象に変った魔法は、やはり物理現象で迎え撃たないといけない。気象現象にまでなった魔法の成果は、力任せの魔法では対抗出来ない可能性がある。
(ディビッド、お前はやはり意欲に欠けていたのだ)
あくまでスペアとして生きただけだから、その可能性を伸ばしきる事が出来なかった。弟の限界をその生涯の終わりに感じされられ、エグバートは寂しい思いに駆られた。
とは言え、弟の生涯最後の魔法に対し、必用な対応を取らねばいけなかった。スペアは主役に敵わない事を示してやらないといけない。
エグバートは灼熱地獄、インフェルノの魔法を放った。直径半マイル程を高熱化する範囲魔法だった。ディビッドはトルネードで跳ね返そうとしたが…魔法行使力と干渉力に勝るエグバートがディビッドを囲む空間の魔法を司る魔法子を支配していた。だから、風魔法の影響力はだんだんと縮小して行き、火魔法の影響力が優勢になって行った。
もはやディビッドの立つ空間の温度は人の生きていられるものでは無くなっていた。
ふらり、と揺れたディビッドの上体は、やがて崩れ落ちた。そこでインフェルノは消失した。エグバートは20年以上も役目の為に控え、今役目を終えてこの世を去る弟を炭と化す程、情の無い男では無かった。
見下ろすエグバートの前で、ディビッドは最早ぴくりとも動かなかった。事の次第を見守っていたディビッドの護衛達は、馬車から担架を持ち出して小走りで近寄って来た。
「陛下、失礼いたします」
「よい。この者は王都西の無縁仏の墓地に埋めよ」
「ご下命、確かに承りました」
ディビッドの服も体も燃えていなかったが、高温に晒された体は火傷、水ぶくれを生じていた。だから護衛達は担架に乗せたディビッドの上に布をかけ、馬車へ運んで行った。
王都西へ向かうディビッドの遺体を乗せた馬車に皇帝の馬車が続き、無縁仏の墓地ではディビッドの護衛達が自ら穴を掘り、布をかけたディビッドを穴に降ろした。そして護衛全員で土をかけた。護衛全員が片膝を立てて指を組む中、皇帝は弟に最後の言葉をかけた。
「役目、ご苦労だった」
ディビッドの護衛達は皆、涙を流した。彼等の主人にして監視対象だった皇帝の弟は、その最期に皇帝から労いの言葉を与えられた。ディビッドが北部から皇室領に入ったのは罪だったが、その心に二心なき事は兄に認められたのだ。
そして、護衛達も自らの最後の仕事が終わった事を知った。彼等はディビッドの埋められた場所の周囲で自刃して果てた。
「この者達の遺体を実家に帰してやれ」
死ぬまで役目を果した上に忠義を示した男達を、皇帝は正当に評価した。
一応罪を罰して死を与えた以上、墓碑を残す事は許さないというのが弟に対する兄の処置です。




