10−1. 帝都発進
帝国では北部の領地から最小限の供を連れて、ディビッド・ラトランド公爵が南下を続けていた。
アンジェリーナはその件と南部情勢、そして西部の状況をエグバート帝に報告していた。
「ラトランド公は二日後には帝都近辺の皇室領に到着すると思われます。一方、国の西では王国の一部貴族と王子が帝国侵攻を企図して東上しております。南部では、レノックス公とその息のかかった貴族達が領地への人と物の流れを制限しております。北の対応と西の対応、如何いたしましょうか?」
「弟は私が対応する。お前は西部の対応に向かえ」
「…よろしいのですか?」
「久しぶりだ、積る話もある」
ずっと北に押し込めて来たのだ、積る話など無い。聞く話があるとしたら、遺言くらいだ。
「そんな顔をするな。我々兄弟の問題でお前が悩む必要は無い」
「分かりました。西部の問題に対応します」
「各員、予定通り西に向かう。ケント平原での塹壕掘りを急がせよ」
アンジェリーナが集めた各諜報・暴力集団の元トップ達の集団、実質敵な国防最高会議兼突撃部隊に命令が伝えられた。これから、この集団は前線最高司令部兼突撃部隊になるのだ。
「スチュ―、知人が参陣する様だけど、覚悟は良い?」
スチュアート・モントローズは平静な顔をして答えた。
「構わんよ。前もって知らされてもいたからな…だが、王子の参陣、どういう理由であると思っていたんだ?」
「王子の方は偽皇女の事を慕っていたのでしょう?あなたが言うには」
「当時の激高状態からすると、そう見えたな」
「女の方はどちらかと言うと気の無い状態だった、違う?」
「余所余所しいとは聞いていたな」
「探られたくない腹を探られれば、距離を取りたくなるわ」
「また、痛いところを突く…」
「そうなると、王子様としては何とか気を引きたいと思うでしょう?」
「まあ、一般的にはな」
「そういう状況なら、王子が『自分が助けなければ』と思う様に持って行くのはそう難しい事じゃないでしょ」
「…それを聞くと、偽皇女は未だにフレドリックの事を何とも思ってなさそうだが?」
「分からないわ。彼等の問題だし。結局破局するし」
「まあ、こちらの立場としては、そんな理由で参戦する者に負ける訳にはいかないからな」
「現時点で負ける要素は無い。でも実戦ではあらゆる齟齬が起こる。だから現状認識だけは確かにしないとね」
「前線で君が認識を過ち様がない。人の魔力を感知出来る君ならな」
「あなたにも出来る事を褒められても嬉しくないわ」
「君ほどの精度は無いさ…ところで、前線は大丈夫か?人死にがあるのだが」
「経験があるから大丈夫。剣の免許皆伝時に人を斬る様に言われたのよ」
「誰を斬ったんだ?」
「罪人」
「なら、罪人相手なら大丈夫だな」
「戦争なら、互いに最高司令官命令で殺人を罪に問われなくなるけれどね。今回は義勇軍であり、謀反人との共謀だから、間違いなく罪人だから」
「侵略者なら防衛側から見たら罪人だがね」
「まあ法的解釈はともかく、戦は勝った方が正義だから。勝つしかないのだけど」
「君に敗北のイメージが湧かないがね」
アンジェリーナは笑った。
「何、寝言を言っているの?私達はいざ味方が劣勢になったら、敵中突破の上に敵司令官の首を取るのが仕事なんだけど?」
「そう簡単に言って、簡単に首を取るのが君だからな」
「人を修羅みたいに言わないで」
「じゃあ、外面は菩薩と言っておこうか」
「外国の宗教を持ち出さないでよ」
騎士団としては、第一騎士団が王都防衛、第二騎士団が国内治安維持であった為、第二騎士団は南部反乱連合に対して警戒態勢を取っていた。
西部アシュフォード方面の防衛は、体外防衛を担う第三騎士団が隣接する貴族騎士団と共同で体制を整えつつあった。
アシュフォード西部の防衛は最小限だった。王国側エガムの検問所は侵攻軍を掣肘しない、その前提でアシュフォード東のケント平原に野戦築城を行っていた。
ここに皇帝側の戦力がある限り、侵攻軍は兵站を脅かされ続ける。だから、ここで侵攻軍は皇帝側兵力と一戦交える必要があった。そして、この地の皇帝側兵力を一掃する為には、侵攻軍だけでは力不足だったし、侵攻軍とレノックス公の反乱軍が互いの信頼関係を確認する為にも、ここで共同作戦をしてみる必用があった。
そう、勝利という成功をもって組織の団結を図る必要があったのだ。
だからここでの一戦が終わるまでは、第二騎士団はレノックス公の反乱連合が北上してくる心配をする必用が無かった。そして、だからこそ最も先に排除しなければ行けない目標は、北部から南下してきている皇弟ディビッド・ラトランドだった。
修羅ではなく、夜叉が対応するところですが。口は冷たいが根がアレなアンジェですので。




