9−8. 人々の動き
王国の商人系貴族には、この出兵を強く望む者が多かった。出兵には当然食料の購入が必要だったから、麦の損切が出来なかった者達は、出兵により在庫を売り払う事が出来た。
もちろん、最終的には赤字になったが、例年の麦価の1割増しで売るよりは損害が小さく出来た。麦以外の商品も多くが値上がりしたが、王都のパンの価格は1割以上は上がらなかったから市民生活への影響は許容範囲を超えなかった。モントローズ家他の物価対策が奏功していた。
そして、遂に王都の東で出陣式が行われた。
新たに買収された近衛騎士二人が勝手に王国の軍旗を持ち出し、出陣式にその旗をはためかせていた。
ロジアン侯爵が口上を述べた。
「予てからの仇敵にして、25年前に王国の忠勇なる兵たちを敗死させた帝国皇帝に、正義の鉄槌を下す日が来たのだ!王国の未来に栄光あれ!」
王国軍旗と各貴族の軍旗が振り回される中、兵達の歓声が上がった。
モントローズ公・貴族議会議長・宰相達が王都東門の見張り台に登ってその風景を見ていた。風魔法師が遠距離でも宣言を聞き取り、文章として残した。
「正義の鉄槌とはな…」
「レノックス公の後見する正妃の息子は多分不義の子で、代役にまた偽物を立てるのでしょうな。それを正義とは恐れ入る」
宰相の言葉はここにいる者達全ての共通意見だった。
「そもそも最高司令官の命なく軍旗を持ち出し、戦争に参加するなど、万死に値する行為ですが…」
議会議長の言葉に、ヴィンセント・モントローズは答えた。
「勝てば追認されるとでも思っているのだろう」
「勝てばね…」その場にいる全員が失笑した。威勢が良いだけで戦を知らないタカ派、損得勘定が最優先の商人系貴族、そして王子がお飾りの司令官…この烏合の衆で戦争に勝つつもりなのだ。
やがて、各貴族がそれぞれの馬車に乗った。フレドリック王子はロジアン侯爵の馬車に同乗した。そして進軍ラッパが鳴り響き、馬車と騎兵達が東へ進みだした。
宰相は王城に戻ってウィグムント王に報告した。その内容は王城内至るところに広がった。
フレドリックが帝国侵攻部隊の司令官として出征した事を聞き、ダリウス王子は狂喜した。
「ははははは!馬鹿め!帝国が我等に持ってくるものなぞ全て災厄だと言うのに、金で買われた馬鹿共に唆されて仮初の指揮官になって戦争に向かうなど!お前の様な馬鹿の未来など、戦場で死ぬか、戻って来て責任を取らされて死ぬかのどちらかしかない!あっはっはっはっ!馬鹿が勝手に自滅しやがった!」
狂ったように笑い転げる第一王子に対し、控える使用人達はさすがに顔色一つ変えなかった。だが、彼等の主はウィグムント王だった。だから、このダリウスの言動は全て王に伝えられた。
一方、離宮で事実上拘束されているアンジェリーナ皇女、実はアンナ・モートンにもフレドリックの出征は伝えられた。
何故軍人ではないフレドリックが帝国に侵攻する部隊に参加するのか、アンナには理解出来なかった。一方、自分の正体についてフレドリックが誰にどこまで伝えているのか分からなかったので、そのニュースを追求する事も出来なかった。だからアンナは情勢も分からないまま不安な毎日を過ごす事になった。
そして、フレドリックの側近候補のイアン・ダグラスは父であるダグラス侯爵に呼ばれた。
「お呼びでしょうか」
「今日、フレドリック殿下が帝国侵攻部隊と共に東へ旅立った。お前はこの件についてどう思うか?」
「国王陛下の命なく戦争を起こすのは問題と考えます。また、この件についてフレドリック殿下は私達側近候補に事前の説明をしてくださりませんでした。その事から、私達は側近候補としての信頼を得られなかったと考えます。側近候補を辞退する事、ご検討いただきたいと思います」
「ここで側近候補を辞退するのも薄情と思われる可能性があるが…」
「信頼を得られなかった事は事実です」
「分かった。陛下に申し出るとしよう」
「父上のお手を煩わせる事になってしまい、申し訳ありませんでした」
「相手の方の問題もあるから、気にせずとも良い」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
侵攻部隊は街道を東に向かった。経路上の貴族の中で、侵攻を肯定的にみる者達は領地内の建物を休息場として積極的に開放した。一方、侵攻に否定的な者達は、食料や水の供出は行ったが、宿泊地の斡旋などはしなかった。
もちろん、タカ派の貴族達は扱いが悪いと文句を言い出したが、これは正義の侵攻軍であるから、味方への暴力・暴言は控える様にロジアン侯爵が各貴族に通達した。だから内乱になる事は無かった。
そんな侵攻軍の情勢は、モントローズ公が北の検問所経由で帝国にいるスチュアートに連絡を続けた。
明日から10章になります。帝国側を書きます。




