9−4. 選んだ道
フレドリックは思い悩んだ。噂から逆に推測すると、帝国としては次の皇帝に本物のアンジェリーナ皇女を選びつつあると思われた。そうなると、偽皇女を詐称したアンナ嬢は極刑になる可能性が高い。
それを防ぐには、レノックス公の後見する正妃の息子が後継者になる事が必用だろう。その為には、王国側から圧力をかける必用があるのではないか…そして、父王は王国にとって何の利益もない、偽皇女の命を守る為に何かを行う事はないだろう。
フレドリックはまたアンジェリーナ…偽皇女であるアンナ・モートンに会いに行った。前回同様に一人の侍女を除いて退席してもらった。
「やあ、気分はどうだろうか」
「変わりありません。お気遣いありがとうございます」
フレドリックとしては、大使館での話など出来る筈も無かった。だから、世間話をする事にした。
「ずっと部屋に籠っていては退屈もするだろう?次は何か本を持って来るから、興味のある事を教えて欲しい」
「…それでしたら、聖魔法に関する書籍をお借り出来ないでしょうか?」
「貴女は聖魔法については意欲的だな。何か理由はあるのだろうか?」
「その、あまり明るい話ではないのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ。今までは話せなかった事を聞かせて貰えるなら嬉しい」
「その、私の母はモートン伯爵のタウンハウスで働いていた侍女だったのですが、伯爵と深い仲になり、妊娠しました。それを夫人が知り、母は手切れ金を与えられて解雇されたそうです」
「そうか、その後の生活はどうだったのか?」
「実家の男爵家に戻る事も拒否されたそうです。伯爵夫人のご機嫌を損ねるのを嫌ったと思われます。だから帝都にもいられず、帝都の外の貧民街で日銭を稼ぎながら親子で暮らしていました」
「それは大変だったね」
「貧しいなりに、母は私を愛してくれました。12の時に私が流行り病になりましたが、帝都内で売っている様な薬は買えなかったので、代用薬とも言うべき、安い民間療法の薬草を買ってくれて、何とか生き延びました。でも、母は薬が効かなかったのか、母の分まで買えなかったのか、その時に亡くなりました」
「その後はどうしたんだい?」
「その時に実父である伯爵が心配して私達親子を探してくださいまして、母が亡くなった事から引き取っていただきました」
「…伯爵夫人の問題があると思うんだが」
「やはりその年の流行り病で亡くなったそうです」
「そうか、それは不幸中の幸い…と言うのも伯爵には失礼だが」
「そして、モートン家のお屋敷に引き取ってもらった後に魔力調査を受けました。そして聖属性の魔力があると分かりました。それで、聖魔法を使えば、私の様な家族を失う不幸を少しでも減らせるのではないかと思って練習を続けました。だから、身分は偽っても、聖魔法を使う事を厭う事はしたくなかったのです」
「なるほど、立派な心掛けと言うより、実感がこもった思いなのだな」
「だから、私の今後がどうなるか分かりませんが、もし贖罪として何かを出来るとしたら、聖魔法による治療だけだと思うんです。いつかここを出される時に、お役に立てる様に練習を続けたいと思うのです」
「そうか、分かった。次は聖魔法の教本を持って来るよ」
「ありがとうございます」
フレドリックの帰り際、アンナは一言尋ねた。
「あの、亡命の件、どうなりましたでしょうか?」
フレドリックは何とか笑顔を作って答えた。
「まだ決まっていないんだが、私が何とかする。待っていてくれ」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
自分の宮に戻ったフレドリックに、帝国の駐王国大使館の見慣れない大使館員名義で封書が届いていた。
『コングレスは水曜』
と書かれていた。
王子の宮に入る封書は侍従長が開封して中身を改める。議会:パーラメントと書くと問題があると考えた大使館側が、会議ともとれるコングレスと書いたのだろう。
まだ迷いが無い訳では無いが、フレドリックは貴族議会に出席する事を決めた。もちろん、議会内の議論次第では別の道を選ぶ必要があるが、帝国侵攻案が多くの貴族から支持されるなら、そこに自分も参加しようと決心した。
偽皇女であるアンナ嬢は小輪でも清らかな花だった。彼女が周囲の欲望に巻き込まれて踏みにじられる事が、フレドリックには許せなかった。だから、その道を選ぶ事にした。
そしてそれは、口先だけのタカ派の兄に代わって自分が王太子になり、アンナ嬢を守ろうと言う覚悟でもあった。戦果を上げてしまえばもう兄が立太子する事はないだろう。
頂上が見えてもルートが分かる訳でもないんですが。




