9−2. 告白
フレドリックは離宮にアンジェリーナ皇女を訪ねた。
「内密な話がある為、侍女一人を残してメイド達は下がって欲しい」
フレドリックの言葉に皇女は心なしか青い顔をしていた。
「その、不躾な質問をして申し訳ない。王都の平民街で『帝都に皇女の偽物が現われている』との噂が流れているんだ。どの様な勢力がその様な噂を流すのか、お気付きの事を教えて欲しい」
皇女は何度か息を深く吸い、吐きを繰り返した後、こう言った。
「そのご質問に答える前に…私を亡命させていただけないでしょうか」
フレドリックは驚きのあまり返す言葉が無かった。何とか息を整えて言葉を返した。
「流石に皇女殿下の亡命となれば、両国関係が拗れてしまう。よく考えての事なのだろうか?」
「亡命についてご検討いただけないと、これ以上お話しをする事が出来ません」
「深く考えての事なら、父上に検討を願い出よう。ただ、どういう事情か聞かないとそれも出来ないんだ」
皇女はしばらく俯いたままだったが、意を決して顔を上げて話し始めた。
「私の本当の名前はアンナ・モートン、帝国の伯爵であるモートン家の当主の庶子です。皇女ではありません。今回、事情は聞かされていませんが、1年前に急遽留学が出来なくなった皇女の代役として王国に行く様に指示されたのです」
思いもしない方向に話が進んだ為、フレドリックは再度言葉に詰まった。それでも言わねばいけない言葉があったから口を開いた。つまり、フレドリックは侍女に向かって指示を出した。
「国家の一大事に関わる可能性がある。本件、君には箝口令を敷く。上司には私からの指示で発言出来ない旨を伝えてくれ」
「了解いたしました。ただ、機密があり、殿下が陛下にお話しされる、と言う事は上司に報告する必用があります」
「分かっている。今晩中に父上に報告する」
「そう言う事でしたら、了解いたしました」
「それで、皇女…ではなく、アンナ嬢?どういう事情でこちらに来る事になったんだ?」
「アンジェリーナ皇女殿下に関する事情は聞かされておりません。私に指示された事だけ申し上げれば、大使またはそれ以上の立場の方から指示があるまで、皇女を名乗り学園に通う様に、との事でした」
「その、君は役者などの経験があるのか?」
アンナ・モートンは首を横に振った。
「いえ。庶子であり、平民として暮らしていましたが、12の時に母が流行り病で亡くなり、実父に引き取られてからは令嬢教育を受けていました。魔力測定で聖魔法があり、聖魔法の教育を受けましたが、それ以外は普通の貴族令嬢になるべく教育を受けていただけです」
「その、そんな君がどうして皇女の代役となったのだ?」
「どう言う選択だったのかは聞かされておりません。ただ、国家機密に関わるから、指示があるまで明かしてはいけないとは言われておりました」
「では、何故今回はそれを語ってくれているんだ?」
「もちろん、それまでは多分、国の指示ですから、貴族令嬢どころか庶子に過ぎない私が指示に違える行動は出来ないと思っていました。ですが、皇帝の偽者がああなった事で、多分、私も口を塞がれるのだろうと思い至ったのです」
「それは、どういう理由からなんだ?」
「偽皇帝は多分、皇帝陛下の意思に関係なく殺されたのだと思います。口封じを兼ねて。同様に、私も皇女殿下の意思とは関係なくこちらに派遣されたのではないかと思うのです。発覚したら両国関係がおかしくなる、それは偽皇帝の件から明らかです。皇帝陛下や皇女殿下がその様な事をなさるとは思えません。後継者争いで自分達を有利にする為、どちらかの派閥がこの様な事を行っていると思うのです」
「それからすれば、君の口封じは必用かもしれない。君を偽者に立てた者達からすれば。だが、そうしたら、偽者を用意した意味が無くなってしまうじゃないか?」
「もちろん、私は皇帝陛下にお会いする事はないでしょう。多分、顔が判別出来ない様な殺され方をされて、『留学中の本物の皇女は王国で亡くなった、だから今帝国にいる皇女は偽者だ』と主張したいのでしょう」
それはとても残酷な事だとフレドリックには思えたが、一方、デマとしては悪くない話だとも思えた。死体があるだけに。とは言え、偽者とは言え1年間何度も話をしたこの少女が不幸な目に遭うのは流石に可哀相と思えた。
「分かった。亡命が必用との君の主張も分かった。本件、急ぎ父上に申し上げる。君は…そうか、だから頑なに、例え王宮内でも屋外に出ようとしなかったのか」
「はい。いずれにせよ、自分の命も、両国関係も危険に晒したくないのです」
「分かった。これからも周囲に気を付けてくれ」
「ありがとうございます…亡命の件、よろしくお願いします」
「ああ。もちろん、例え亡命が出来なくとも、決して王宮から出る事は無い様にしよう」
「お願いします」
偽アンジェリーナが拘束されている離宮から自分の宮に戻るフレドリックを、宮の近くで待つ一段があった。第一王子ダリウスだ。
先を急ぎたいが故に、フレドリックは殊更丁寧な挨拶を心掛けた。
「兄上におかれましてはご機嫌麗しく…」
ダリウスがフレドリックの口上の途中で話し始めた。
「機嫌が良い訳がないだろう?未熟な弟が貴族学院で成長するのではないかと一縷の望みにかけた重臣達のおかげでまだ立太子が出来ない。お前は実の能力以上に他人にアピールする行動が上手だからな。そんな風に立太子の前から周囲を騙して、王として立派に勤めを果たせるとでも思っているのか?」
「騙してなどいません。ただ、なるべく周囲の人々の意見を聞いて行動したいと考えているだけです」
「そんな姿勢だから帝国の皇女に騙されるのだ。国を売って何が楽しい?」
「売ってなどおりません。兄上も外交的な配慮の上での発言をお願いします」
「外交的配慮より自国を守る事の方が大事ではないか!お前の中で国は重要ではないのだな!」
フレドリックはいい加減にこの兄の考え無しの発言が我慢ならなくなった。国を守る為にこそ外交的配慮が必用なのではないか。実力も準備もないまま敵対の道を選べば、その大事な国が破滅する。
「ご意見は伺いましたが、いくら話しても平行線と思われます。失礼します」
「兄に対してその態度は何だ!」
「兄として敬われたければ、それなりに振舞って見せる事ですね。失礼なのはあなたですよ。それでは」
ダリウスとしては、弟から失礼な発言を引き出しただけでも今日の収穫と考えた。こうして弟の失点を記録しておけば、いつか二人が比較された時に役に立つだろう。
昔、主人公を虐める役に全く感情移入出来なかったんですよね。自分で書いてるのに。ダリウスのネチネチはなんとなく感情移入出来る気がする…汚れてしまったのでしょうか…




