8−8. 心の在り処
ヴィクトリアとエゼルウルフが連れ出された後、皇帝エグバートはアンジェリーナを見ながら尋ねた。
「それで、お前はどう判定する?」
「ですから、私の判定は客観性から疑う方がいると思われます」
「私が聞きたいのだ」
小さく息を吐いてからアンジェリーナは答えた。
「毛根と毛髪の差異は明らかです。1カ月の後、伸びた分の毛髪は金色ではないでしょう」
「何色と見た?」
「茶色です」
「聖魔法で変化させる場合、毛根まで変化させる事は出来ないのか?」
「一般的には、毛根まで聖魔法で操作すると、毛根が死に、脱毛になると言われています。ですから毛髪の色を変える場合は毛根より先だけを変え、定期的に聖魔法による操作が必用になっています」
「目の色はどうなのだ?」
「やはり聖魔法で一時的に変える事は出来ますが、やがて元の色に戻ります。定期的な聖魔法による処理が必用になります」
「根本的に変えようとすると失明するのか?」
「そこまでやった事がないので分かりません。ただ、身体と言うのは魔法による変質の効果を打ち消して元に戻ろうとするものです」
「頬骨はどうか?」
「聖魔法で増す事は可能ですが、削る方は難しいですね。やはり元に戻ろうとし、かえって出っ張る可能性が高いです」
「頬を膨らます事は出来ないのか?」
「一時的になら、血行を悪くしてむくませて膨らませる事は出来ますが、やはり一時的なものです」
「聖魔法でなく、一般論として、親の外観を引き継がない事はあるのか?」
「もちろん、あります。2・3世代前の形質が突然現れる事はあります。陛下のお父上の頬骨は目立ちましたか?」
「いや。細面の文官面だったな。それが見ていて腹が立って反発したものだ」
「文官面でも不敵なお顔ですから充分強面ですよ」
「私の顔の事はまあ良い。この家系、細面になる理由はあるのか?」
「代々美姫を娶っていれば、細面で顎の尖った家系になるでしょう。また、外国の王侯貴族で近い血の結婚を続けている場合、その家系の形質が強調された例があります。例えば鷲鼻の家系どうしで結婚を続ければ、鷲鼻の子供が多く生まれるでしょう」
「では、ヴィクトリアの受け答えはどう見た?」
「脳内の反応は感情を重視していた様です」
「どういう事だ?」
「右の脳の働きが活発でした。感情を高ぶらせる事で、論理的には反論しづらい事を覆い隠そうとしていた可能性があります」
「確かに、理路整然とした回答では無かったな」
「普通に考えれば、治安が悪化しているならむしろ帝城から出たくないでしょう」
「元々あいつは外に出たがらない女だったからな」
「普通に考えて、正妃の息子が城を出る理由は無いでしょう。正妃と共に皇帝にアピールを続けるべきです。下手に外に出れば、今度は偽物の噂が立ちます」
「…だから一度外に出ようとしたと。今度は私に似た顔の若い役者を代役に立てるつもりだったか」
「既に2回偽物を立てていますから。偽物で何とかなると思い込んでいるのでしょうね」
エルザ皇女が落ち着かない顔をしているのを見て、エグバートは尋ねた。
「何かあるか?」
エルザは恐縮した表情で言った。
「あの、2回偽物を立てた、と言うのはどういう事でしょうか?偽皇帝を立てたのはレノックス公なのですか?そしてもう一回は?」
「ああ、マーシア王国に留学しているアンジェリーナは偽物だ。留学時にこいつの前に刺客が現われたが、その暗殺をしばらく隠すために偽物が用意されていた。それに対し、私の視察でそれが発覚するのを恐れて、連中は偽皇帝を送り込む工作をした。それを見て、偽物が意外と発覚しないと考えたのだろう。次は私と似ていないエゼルウルフに代役を立てて、これを旗頭に南部を糾合しようと考えていたと思われる」
「それでしたら、何故もっと早く代役を立てなかったのでしょう?」
エグバートはアンジェリーナを見ながら尋ねた。
「お前はどう見る?」
「母親視点で見るなら、血の繋がった実の息子に晴れの舞台に立って欲しいでしょう。ましてや、噂ならその父親は幼馴染、乳兄弟と言われていますから…言いづらいですが、愛情を持っていると思われます」
「愛情はそれこそ推測だが、一方、上手くいかなかった結婚について、夫に対する仕返しとして、間男との間に生んだ息子を跡継ぎにしようと考えても不思議はないだろう」
エルザもグレースもその考えには納得した。逆に、母の罪深さも思い知らされた。
エグバートは更にアンジェリーナに尋ねた。
「エゼルウルフの反応はどうだった?」
「脳の左側は殆ど使っていませんでした」
「見ての通り、言われた事をこなすだけの人形だったと言う事か」
「そう見えました」
男児を大事に18年も育てた挙句、人に言われた通りに動く操り人形を作り上げた。エグバートも3人の娘も溜息を吐く以外出来なかった。
娘に、異母姉への説明をさせる親父。




