8−6. 脱出行の終わり
近寄って来た女性騎士がグレース皇女を抱き抱えた。
「…グレースは大丈夫なの?」
「気絶しているだけです。外傷は軽傷で、内部の出血も無い様です」
「それが分かるのね…」
「お二人には騎士団の馬車で至急帝城に戻っていただきます。着替えてからご一家でお話し合いになるでしょう。陛下もいらっしゃる」
「分かったわ」
顛末を見届けられるなら、立ち会うしかない。知らないところで決められるよりは良い、そうエルザ皇女は判断した。
エルザ、グレースとは違う馬車に乗ったアンジェリーナにスチュアート・モントローズが尋ねた。
「もっと早くケリを付けられたんじゃないのか?」
「彼女達の攻撃が防げる事を示す必要があったでしょう?もう一回やる事が無駄だと理解してもらわないと」
「なにやら大技だったが、どういう魔法だったんだ?」
「名前のある魔法ではないわ。上空の空気を吸熱膨張させて上昇気流を作った。その空間に周りの冷えた空気が入り込み、そのまま下降気流となった。温度差から雨や雲が発生し、下降気流と共に落下しながら蒸発してまた空気の熱を奪う。そうして下降気流の低温化と高速化が起き、そして下向きの突風に成長した。最後に方向を決めただけの魔法よ」
「さすがに我が愛しの君はやる事が大きい」
「戦なら火魔法の範囲魔法で焼き払った方が早いのだけれどね」
「それは慈悲深い我が君には似合わない」
「あなたが決める事じゃないでしょ?」
「皆、そう思っているさ。君の周りの人々は」
(この男、私を何だと思ってるんだ)
アンジェリーナはそっぽを向くしか出来なかった。
その少し前、帝都西門に商会の荷馬車がやって来た。事前の申請が成されていたその馬車は、積荷を改められる事も無く西門を出た。そこで停車していた荷馬車の影から近衛騎士の制服を着た者達が現れ、荷馬車を停車させた。北側から騎馬部隊が次々と走り寄って来て、問題の荷馬車を包囲した。
槍を持った騎兵までいる包囲網を見て、問題の荷馬車の御者は震えあがった。
「下車せよ!積荷改めである!」
「事前の申請は済ませておりますが…」
「不審な点がある。抵抗すると罪に問われるぞ」
多勢に無勢を悟り、御者は下車した。
積荷の箱は一つ一つ丁寧に降ろされた。その中で比較的大きく、その割りには軽い木箱が二つあった。木箱は蓋を釘で打ち付けてあったが、釘抜を使って釘が抜かれた。一つの木箱には平民の服を着た女性が、もう一つの木箱には平民の服を着た若い男が足を曲げて入っていた。
女性の方に一際大柄の男が話かけた。
「お名前を伺っても?」
女性は口を開かなかった。数瞬待った後、男は必用な言葉を吐いた。
「ヴィクトリア妃とお見受けします。陛下の勅命にございます。急ぎ帝城に戻り、釈明をする様にとの事です」
大柄の男は隣に立つ男から、封筒から出した命令書を受け取り、女性に見せた。
ヴィクトリアは箱から出て、男を見上げて言った。
「控えなさい!あなたは謹慎中の身でしょう!?」
ヴィクトリアはその大柄の男、前騎士団長を知っていた。顔見知りを摘発役に使ったのだ。
「謹慎は陛下のご指示での仮の処分です。本件についてはこちらにある様に陛下の勅命を受けて行動しております」
前近衛騎士団長は命令書の一か所を指差した。
『前近衛騎士団長の指揮の下、許可なく帝都を脱出しようとした妃とその息子を捕らえよ』
その命令文にはそう書かれていた。
「失礼します」
もう一つの木箱から出ようとしない男を騎士達が箱から出した。ヴィクトリアはヒステリックに叫んだ。
「皇太子になる皇子に何をする!無礼な真似は止めなさい!」
これには前騎士団長が応えた。
「陛下の勅命ですので、叱責はご容赦いただきたい。また、エゼルウルフ様が皇太子になる予定は現在ありません」
これにヴィクトリアは更にヒステリックになった。
「近衛如きが無礼な!皇族を何と心得る!?」
「誠に申し訳ありませんが、皇帝のお妃様とそのご子息が許可なく帝城のみならず帝都を出れば、少なからぬ罪となる事はご理解いただけるでしょう。ましてや陛下から『捕らえよ』とのご下命です。近衛としては勅命は全てに優先します。まず陛下に対する釈明をお急ぎいただきたく、お願い申し上げます」
諜報部門を把握しており、行動がほぼ予測出来ていれば摘発は難しくないと考えます。




