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8−1. 正妃側の動き

 マーシア王国の王都コヴェントリーでは、貴族学院の3年生の卒業式が行われた。

「…卒業生の後姿を見て、これからも王国王侯貴族・市民として恥ずかしくない姿勢で学び、歩んで行きたいと考えます」

送辞は1年のフレドリック王子が行った。


 これに対し、答辞はダリウス王子が行った。

「…卒業をしても、この学び舎で共に学んだ者達の事を忘れず、共に王国を支えていく気概で進んで行きたい」


 答辞を終えたダリウス王子に、2年生の最上位の子女である侯爵令嬢が花束を渡した。ダリウスは笑顔で「ありがとう」と告げた。


 ダリウス王子は卒業しても立太子の話が出なかった。本人もその事を不満に思い、不安にもなっていたが、王の長子であり、本来は一番王太子に近い立場である。だから下手に父王に質問などして不興を買うのを恐れ、待ちの姿勢を貫いた。こうしてダリウス王子の評判は良くも悪くもならなかった。


 夏休みの茶会では卒業生も在学生も、二人の王子の噂話を小声で話した。

「送辞の時のフレドリック殿下の声を聞くと、やっぱりフレドリック殿下の方が明るめの声だし、張りのある元気のある声なのよね~」

「というか、ダリウス殿下の声って小さくて良く聞こえないのよね。何となく、背景が暗いって感じだし」

「でも、学内だと妙にフレドリック殿下の悪口が多いのよね…」

「3年だった人達がそう言う噂を流してたって話も聞いたけど…」

「まあ、でも、フレドリック殿下も新年度からは真面目に過ごしていただけると思うのよね~」

「そうよね…あの皇女もさすがにもう学院には通えないと思うわね。普通なら」

「国が偽皇帝を連れて来るなんて、恥ずかしくて外に顔を出せないよね~」


 そんな世間の噂をよそに、フレドリックは夏休みの間、二日に一度はアンジェリーナ皇女の下に顔を出していた。

「今日はヘリアンサスの花を持って来たんだ」

「まあ、可愛い黄色い花ですね。ありがとうございます」

「君が好きな花があれば、持って来るよ」

「いえ…そこまではお願い出来ません」

「君が国で良く見ていた花などあったら、教えてくれないか?」

「私の周りではあまり花壇など整備していませんでしたから…」

疎外されている皇女…その噂を思い出し、フレドリックは話題を変えた。


「もう、一月以上この離宮に留まっているけれど、流石にどうかと思う。せめて王宮の中だけでも歩ける様に依頼してみようと思うが…」

「いえ、ここは慎重に振舞わねばならない時期と思います。お心遣いは感謝します」

「そうか…では、もし何か学びたい事があるなら、図書館から本を持って来るから、何でも言ってくれ」

「ありがとうございます。何か気が付いたらお願いします」


 一方、帝国帝都では、黒装束で金髪を帽子に隠した少女とやはり黒装束の青年と中年男が皇帝の私室に入って来た。

「ラトランド公が動いた様です」

アンジェリーナのその言葉に、皇帝エグバートは中年男を見た。中年男は元諜報部長イーノックだった。

「レノックス家の手の者がラトランド公と会見を行い、その後ラトランド公は帝都に向かった模様です」


 エグバートはイーノックに尋ねた。

「監視は続けているのだな?」

「諜報三課が監視しております。動きが変りました至急連絡いたします」

「うむ。南部の動きは掴んでいるか?」

「はい。買収された四課員はそのまま任務を続けさせ、彼等と別に裏四課を設置して監視を続けております」

「なら、良い」


 エグバートはアンジェリーナを見て言った。

「そろそろ動くぞ。騎士団と対応せよ」

「はい」


 翌日、帝国の第一王女エルザの元に、母親である正妃ヴィクトリアから手紙が届いた。

「帝都で事件が増えつつあるので、一度レノックス領に避難しなさい。旅行として許可が出る様にします。グレースと共に出発する様に」


 エルザとしては正妃とその家族が帝城を出るのは下策と思ったものの、母と伯父がそう決めたのなら自分達も従うべきとも考えた。だから午後のお茶に妹のグレースを呼んだ。


「お姉様、お招きいただきありがとうございます」

「だんだん暑くなってきたから、体調はどうかと思って呼んだのよ」

「お陰様で体調は問題ありません」

「それは良かった」


 しばらく世間話をした後、エルザは話を変えた。

「綺麗なエメラルドのネックレスが手に入ったの。見せてあげるわ」

「良いものなのでしょうね。是非」


 エルザは侍女を使わず自分で木箱を取り出して、グレースの横に置いた。

その時、グレースに耳打ちした。

「お母様から、旅行と称してレノックス領に移動する様に指示されたの。もちろん、あなたも同行する様に指示されたわ。準備をして」


 グレースも小声で返した。

「でも…エゼルウルフが正統な後継者なのだから、我々が逃げ出すのはおかしいのではないでしょうか?」

「そうは思うけど、お母様と伯父様が決めたのなら、家族で意思統一をした方が良いと思うの」

「分かりました…」


 木箱を開けてグレースはネックレスを見た。

「あら、本当に大粒の石が揃っているのですね。首にかけたら重そう」

「そのくらいで慣れておかないとね。弟が皇太子になったら、私達も人前に出る時には一際着飾らないといけないもの」

「そうですね…」


「その前に、一度伯父様の領地を見ておきたいと思うの。皇太子の姉となったら、迂闊な行動は出来ないものね」

「そうですね。私も一度見ておきたいです」

「それでは、二人で旅行の申請をしておくわ」

「お願いします。初めて帝都を遠く離れるのですから、楽しみですね」

「そうね…」


 これが本当に伯父の領地に観光に行くというのであれば二人ももっと明るい顔をしただろう。二人とも物心ついてから、帝都を出る事はなかったのだから。二人に何かあって、エゼルウルフに影響があってはいけないと言う事で、二人も過保護に守られていた。


 しかし、今回は逃げ出して都落ちである。その先に明るい未来は無いのではないか…と危惧せざるを得なかった。二人が逃げ出さないといけないと言う事は、二人を守る余裕がレノックス家には無くなって来たと考えられるのだから。


 いや、むしろレノックス家が何か帝都で騒ぎを起こす可能性すらあった。伯父であるレノックス公は大貴族らしく鷹揚に振舞うが、腹に一物のある人物には見えるから。

 乱の無い王国と、乱がありそうな帝国の差。

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