7−3. 夜の帝都を駆ける影 (2)
近衛騎士団長はその日の晩、騎士団駐屯地の司令部から馬車乗り場へ従者二人と歩いて行くところだった。暗がりから現われた黒装束の男達が剣を抜くのを見て、従者二人も片手剣を抜いた。
従者達は司令部内でも騎士団長に付き従っている為、室内での斬り合いを考慮して短めの得物を吊るしているのだ。従者二人は二人の男に翻弄され、騎士団長から離れた。
その場に小柄な黒装束の人物が両手に黒光りする剣を持って現れた。
「一対一なら何とか出来ると思ってか…舐められたものだな」
騎士団長は剣を抜いた。
騎士団長とて、正統剣術とは異なる双剣使いの太刀筋には注意が必要だった。だから彼は中段に構え、相手の正面からの攻撃を防いだ。黒装束の賊は低い姿勢から一瞬で賊の右手、騎士団長の左手側に移動した。それより内周を短距離で動く筈の騎士団長の剣は、追随が遅れた。だから彼は自分の右側に移動して迎え撃つ時間を稼ぐしかなかった。
賊は踏み込んだ右足で踏ん張り、左足で踏み込んで来た。左手に持った剣が下から切り上げて来るのを、片手剣を持つ右手を更に左手で掴んで力任せに振り切ろうとした。しかし、手ごたえは鈍く、剣が交わるのは水平位置より高かったから、力勝負は互角になった。双方の剣が反動で戻されたのだ。
(魔力強化か?)
相手の剣が片手で振るとは思えない程早かった。魔力が走るのを感じもした。だが、高速の斬り合いをしながらの魔法の行使は常人には無理だ。だから強化魔法とあたりをつけた。
(この体格差で強化魔法如きでやられるか!)
騎士団長は剣を弾かれた反動で回転しながらやってくる賊の右手に持つ剣を受ける為、剣を左斜めに振り下ろした。やはり手ごたえが鈍く、双方の剣が反動で弾かれた。
(強化魔法以外の魔法が使われているかもしれない)
中年の域に達しても騎士団の人間である。毎日の素振りと立ち合い練習を欠かさないだけに、この立ち合いでの自分の剣の微妙な鈍さに違和感を感じた。
(相手に合わせてはいけない)
返しでやって来る賊の左手の剣をバックステップで避け、騎士団長は踏み込んで右上から袈裟斬りにしようとした。だが既に、賊の左手に持つ剣は賊の右手側で右手に持った剣と縦に重なる状態にあり、二つの剣が騎士団長の剣を迎えうった。騎士団長の踏み込んだ左足が浮くほどの威力で騎士団長の剣は弾き返された。
(馬鹿な!?)
一瞬、右足だけで立つ体制になった騎士団長は動きが止まった。その一瞬に賊は腕を畳んで剣の遠心力を最小限にし、屈んで右足を蹴り上げた。股間を蹴り上げられた近衛騎士団長は昏倒した。
10日程の間に諜報部、近衛騎士団、第一騎士団、第二騎士団、第三騎士団の上層部が行方不明になった。騎士団内では「皇室に対する不敬な言動があり、謹慎処分とする」と発表された。
「ようやく帝都の暴力組織を把握した様だな」
私室での皇帝からの言葉に、男装した金髪の少女、アンジェリーナ皇女が応えた。
「娘一人にこんな仕事を任せておいて、その言い草は何ですか」
眉間に皺を寄せる娘に、涼しい顔で皇帝エグバートは答えた。
「誰が群れのボスか示す必要があるのだ。お前がやるしかあるまい」
理屈は分かっても納得は出来ない。
(娘に何やらせてるのよ!?この糞親父!)
「まあ、ともかく合格点はくれてやる。そろそろ馬鹿共が動きだすから、お前に護衛を付ける」
そう言って隣の部屋から現われたのは、スチュアート・モントローズだった。
「やあ、約束通りやって来たぞ」
「……約束なんてしてないわ」
「じゃあ、宣言通りだ」
アンジェリーナは皇帝を見た。
「この男をどうしろと?」
「お前等のアジトに連れて行ってやれ。寝床と飯さえやれば護衛はすると言う事だ」
「お坊ちゃまの寝る様な場所ではないのだけれど?」
スチュアートは涼しい顔で応えた。
「こう見えても元騎士団だ。何なら屋根などなくとも眠れるぞ」
「こちらでそんな目にあっても、何も良い事などないでしょうに」
「何、愛しい君の横顔さえ毎日見れるなら、何ということもない」
一瞬黙ったアンジェリーナは、何とか感情を堪えて必用な事を言った。
「本名で呼ぶのも問題だから、これから私の事はアンジーと呼びなさい。あなたの事はスチュ―と呼ぶわ」
「早速、愛称で呼び合う事を許してもらえるとは。これは幸先が良い」
「そういう意味じゃない!」
「真面目な話をすれば、君の前は守れない。君に付いて行くのがやっとだからな。ただし、背中は必ず守ろう。そこは約束する」
「あなただとて軽輩ではないでしょう。そんな約束をするものではないわ。生き延びられる範囲でやりなさい」
「だから、この命を君に捧げると言っているんだ。我が君にして愛しの君に」
アンジェリーナは盛大に眉間に皺を寄せた。
「その話は保留よ。国際問題になる」
二人の男達は、それを国際問題への配慮とは取らなかった。もう既に、この少女にとってスチュアートは何らかの絆を持つ相手なのだろう、と察した。
良いんかい、親父…まあ親父とスチュアートは気が合うかもしれない。後日の親父のモノローグをお待ちください。




