7−1. 帝国の姫君達
帝国の第一皇女エルザの宮に、同じ母を持つ第二皇女のグレースが訪ねて来た。
「お姉様、ご機嫌如何?」
「心穏やかではないわ。あなたは?」
「気になる事があって…噂についてお聞きしたいと思いまして」
「伯父様の事?」
この場合の伯父は母である正妃ヴィクトリアの兄であるレノックス公爵の事である。
「ええ…お父様が不在の間に、何か裏で動いているのではないか、と噂になっております」
「それは動いているでしょうね…この間の偽皇帝を送り出した件、あれで宰相側が身動きが取れなくなっているから。今の内に有利に動こうとするでしょうね」
「それでも下手に動く必要は無いのではないでしょうか?エゼルウルフは正妃であるお母様の生んだ息子です。エゼルウルフが跡を継ぐのが正当でしょう」
「とは言ってもね。私達でさえ、エゼルウルフともう3年会っていないのよ。いくら何でも隠し過ぎでしょう…悪い噂が立つのも仕方がないわ」
「でも、いくら何でも、皇帝の正妃であるお母様が他の男と不義を働いたなど、あまりに不敬な噂です」
「それを否定したければ、それこそ顔を出せば良いのよ。金髪の美男子で、お父様に良く似ているって」
「似ているのでしょうか…最後に会った時も、一言も喋らないで頬を膨らましていたけれど、あまり…」
「美男子ではなかったかもしれないわね」
「……」
「本来、噂はどうあれ、表に顔を出すしかない筈でしょう?皇子なのだから、隠れていたら皇帝の跡継ぎに相応しいか、そうでないかなど分かり様が無い。顔を出す事もなく、何か話す事もなく、母親の背中に隠れているだけでは、後継者に推される事もないでしょうに」
「家庭教師の評判は良いと聞いていますが…」
「それこそ、伯父様が連れて来た教師達なのだから、成果があると言わなければクビになるだけでしょう」
「それで、もしエゼルウルフでなくあちらの子のアルフレッドが皇太子になったら、私達はどうなるのでしょう…」
「どっちにしろ、決まらなければ私達の嫁ぎ先も決まらないし、後継者争いが長引く様なら本格的に嫁の貰い手がなくなるわね」
「私でさえ20になりましたから」
「知ってる?私なんで22よ?18と17の皇子達が隠れていて皇太子を決めようがないから、こんな事になってるのよね。本当に、お父様は何を考えてらっしゃるのかしら」
さすがに姉の年齢の事は話題にしづらく、グレースは話題を変える事にした。
「あの子だけ留学しているのは、あの子を嫁にやる為の下準備とも言われていますけど…」
「アンジェはそれこそ母にも伯父にも見放されているから、外に出すしかないんじゃない?」
「アンリエッタ妃の兄のスペンサー候の連れて来た家庭教師の評価があまりに酷いらしいですからね」
「魔力は殆ど無いから練習も碌にしない、学問も面倒くさがって逃げ出していると言う話だったものね」
「逆に留学先で悪い評判になっていないか心配なのですが…」
「それはもう、どうしようも無いわね。そちらは外務省と大使になんとかしてもらうしかないわね。まあ、私達が王国へ行く事などないのだから、どうでも良いのじゃない?」
「とは言え、見知らぬ場所で国の評判が落ちるのは嫌ですが」
「元々評判は良くないでしょ?あちらでは。24年前には彼等が攻め込んで来たのに、これを撃退したお父様の事を悪く言う様な連中なんだから。お父様の替え玉を送り出さなかったら、万が一の事もあったかもしれないし」
「暗殺事件まで起こしておきながら、替え玉を出した我が国を悪く言っている様ですものね」
「今回の王国訪問については、帝国出身者がいざという時に避難できる場所の確保も議題に入っているのですって。帝国を悪く言う王国国民と、暗殺をする様な連中が結託して帝国を誹謗中傷しているのだから、もう仕方がないわね」
「王国が帝国の評判を落とそうとしているのは、何故なのでしょうね?いまさら戦争を始める訳でもないでしょうに?」
「タカ派っていうのは感情論で生きているから、ともかく勇ましい事を言って人気取りをするのよ。その場合は戦う相手である悪者が必用だから、世論操作を行うものよ」
「まあ、政治の裏には扇動がありますけど…」
「嫌なものよね」
「すみません。愚痴になってしまって…」
「良いのよ。お母様はエゼルウルフを守るので手一杯だから、私が妹であるあなたを守るのは当然の役目だから。これからもお互い裏表なく付き合っていきましょう。男達は皆、権力争いの事しか考えていないから、せめて血の繋がりのある私達姉妹は力を合わせて生きながらえましょう」
「そうですね…」
第一皇女エルザは妹である第二皇女グレースを抱きしめた。
アンジェリーナが魔法の練習をサボっているフリで実力を見せなかったのは、4才の時に離れた乳母の助言に従ったからだった。アンジェリーナはその時には魔力を見せ始めていた。
「皇子様方の後ろ盾の方々にその力を見せてはいけません。きっと危険な目に遭います」
慕っていたその乳母の助言に従い、アンジェリーナは隠れて爪を研ぎ続けた。




