6−9. 立つ鳥の跡
皇帝が王都を去る日の午後、王都近郊の孤児院でピートが妹のニアに打ち明けた。
「ジェニーは帝国と何かあるらしい。しばらく戻れないと言っていた」
「何でお兄ちゃんがそんな事知ってるのよ!?何でジェニーがいる内に言ってくれないのよ!?」
「分かってるだろ?ジェニーは俺がここをまとめていく様に仕向けてた。最初から、いつかここを離れるつもりだったんだ」
ニアは机に突っ伏した。
「何でよ…ジェニー…お母さんみたいに思ってたのに…」
ニアは5才の時に親と別れた。ある日父親が返って来ず、二日後に母親も帰って来なかったんだ。元々、ピートが毎日ニアの面倒を見る役で、両親は外に働きに出ていた。だからニアには母親に甘えた記憶がない。一方、ピートはニアと二人分まとめて両親に叱られる事が多かった。だから、ピートは母親に幻想を抱いてはいなかったが…
ニアはすすり上げていた。
「お母さん…」
ピートは何とか声をかけたかったが、1年弱の間、子供達を甘やかさなかったが優しく包んでくれた彼女を失った事は、ニアにはまだ短い人生の中で最も大きな喪失だろうと思って何も言えなかった。
仕事は小さい子供にも分担させた。上手く出来なくても根気強く教えてくれた。そんな大人は今まで彼等の周りにいなかった。1年前に彼女が現れなければ、ここの孤児達はみな飢え死にか凍え死にかしていた筈だ。
いつか彼女がここを離れていくとは思っていたピートだが、こんなに早く離れていくとは思っていなかった。
ピートは両こぶしを強く握りしめていたが、ぽろぽろと落ちる涙を止める事は出来なかった。
夕方にピートが他の子供達にもジェニーが戻らない事を伝えると、皆泣き出した。小さい子はしゃがみこんで立ち上がる事が出来なかった。だから、年長の子だけで夕食のスープを作った。
ピートも、年長の子供達も、自分達だけでは幼い子供達を今まで通りに働かせる事は出来そうにないと思っていた。それが彼等に前途の多難さを…それとも、もうこの孤児院はこのまま何も出来なくなって無くなってしまうのではないか、とまで思わせた。
不安に駆られながら眠りについた彼等を、翌日、早朝の呼び鈴の音が起き上がらせた。全員が返って来ない筈の人が返って来たのを期待したが、門の前で待っていたのは貧民街の商店のおかみさんだった。
「話は聞いてるよ。みんながっかりしてるとは思うけど、尻を叩いて今まで通りにやる様に言われてるよ。あの子をがっかりさせたくなければ、みんなも頑張りなさい」
子供達はがっかりしていたが、商店のおかみさんも子供を育てている。子供達の尻の叩き方は分かっている。
「ほら、ポールとメグは豆を洗う!ケイとサラは根菜を切りなさい」
一々名前を呼んで仕事を促した。誰かに名前を呼んでもらう、それだけで子供達は少しずつ元気を取り戻した。
「うん、うん。良く出来てるよ」
出来た事は褒めて、肩や頭を撫でてあげた。他人の体温、子供はそれで安心するんだ。
「夜は大工のおかみが来るからね、あいつは結構気が強いから気をつけなよ」
「ああ、しっかり夕飯の支度をして、文句の付けようがないところを見せてやるよ」
ピートは見た目の元気を取り戻した。
週末にはモントローズ家の侍従が下男下女を連れてやって来た。
「モントローズ家の者が週一回様子を見に来るから、その時に困った事があれば言いなさい。あと、建物の具合が悪いところを言いなさい。簡単な修理はやるから、遠慮をしない様に」
結局、子供達だけではやっていけない事は誰の目にも明らかだった。それまでの様に誰も手を差し伸べなければ、そのまま孤児達も野垂れ死んでいただろうが、流れ者が子供達を助けようとしたのを見て、周囲も手助けをする気になったのだ。
モントローズ公に至っては、敗北感と共に高揚感を感じずにはいなかった。
(愛国心とは、本来は敵に向ける使うものではない。国土と同胞を守るものなんだ。父王が捨て、兄王もそのまま捨てているものを、外国の皇女が拾う…これに敗北感を抱かずにおれるか。対して、自身の利益と感情で帝国への戦争へ突き進む者達の為に、万の国民が再び死屍を晒す事になる。それらの命を守る事こそ愛国心だと知らぬ亡国の徒と言うしかない。スチュアートめ、今頃歓喜に震えているだろう…仕えるべき主君に仕える喜びに。こちらも王の臣下として、せめて国を滅ぼさない様に動いて見せねばなるまい。彼女にも、スチュアートにも見下されぬ様に…)
いや、言いたいこともあるかと思いますが、いずれ7章でエグバートに語らせる予定です。
明日から7章です。




