6−1. 王宮の中で
アンジェリーナ皇女は離宮に事実上軟禁されていた。ただし、大使館員の面会は許され、大使館の派遣した侍女が王宮の派遣した侍女と共に皇女の身の回りの世話をしていた。大人しい皇女では不満も言えまいと考え、フレドリック王子が度々訪れていた。
「やあ、今日はマートルの花を持って来たんだ」
「ありがとうございます。いつもすみません」
「いや、貴女が寂しい思いをしていると思ってね。諸般の事情とは言え、閉じ込められていたら息が詰まるだろうと思うよ。何かもっと気の晴れる事に連れ出せると良いのだが」
「いえ、お花で充分です」
花は毎朝、王妃の名前で届けられていた。それは皇帝と皇女の関係が不明な為、万一皇女の言葉で皇帝が激怒しない様にとの気配り程度のものだった。フレドリックの方が気持ちがこもっている筈だが、彼も花への造詣が深い訳ではない。毎回庭師に選んでもらっていた。
「皇帝陛下が王都に着くまであと1週間となった。何か伝えたい事があれば、手紙の手配をするが、どうだろう?」
「陛下が私の意見を参考にするとは思えません。お心遣いはありがとうございます」
「その…こういう事を尋ねるのは気が引けるのだが…帝国としては、今回の件にはどういう意図があったのだろうか?貴女が分かる範囲で教えて欲しいのだが…」
「政治の事は女には分かりません。国許でも政治は男性のする事で、女に意見が求められる事はありません。後継者争いも男児だけの話ですし」
「そうだな。済まなかった。貴女がこちらに来てもう10カ月以上経っているし、今回の件は分からなくても仕方がないか」
「私は命じられて来ただけですので、この留学の意味も深くは知りません」
「そうだな。王子も政治の細かい事の説明など受けない」
雰囲気が微妙になってしまった為、フレドリックは話題を変えようと思った。
「ところで、せっかく離宮にいるのだから、今の内に王宮内の庭園でも見に行かないか?許可を取ろう」
皇女は少し思案してから答えた。
「いえ、下手に動くと疑惑を生むと思います。今は大人しくしていた方が両国関係に波風を立てないと思います。お誘いいただいた事は嬉しく思います」
「それもそうだな。考えが足りず済まなかった」
王女が過ごす離宮から王子宮に戻ると、宮の近くに数人が立っていた。薄暗がりの中、よく見ると兄のダリウスとその護衛だった。
「夜分にお疲れ様です。兄上」
「売国奴に挨拶をされる謂れは無いぞ」
「国を売ってなどいません」
「我が国を狙う皇帝の娘などに取り入っているではないか」
「父上に命じられた役目を果たしているだけです」
「それは偽皇帝などという暴挙がなかった頃の話だろう。今は状況が変わっている」
「それでも皇帝の真意が分からない以上、外交的な配慮が必用です」
「お前のそれは国の為ではなく、単にお前の感情の為だろうが」
「それは誤解です。今回の件で和解する場合、こちらの落ち度を減らす必要があるからやっているのです」
「落ち度なら、国賓待遇を取った我が国に対して偽物を出してくる帝国の方が大きいに決まっているだろう」
「それでも、我が国にも暗殺を許したという弱みがあります。配慮が必要です」
「相手に弱みがあるならそこと突くのが外交だ!お前の様な弱気で国を守れると思うのか!?」
馬鹿馬鹿しい、とフレドリックは思った。強気の外交など、まず相手を圧倒する暴力があってこそだ。その上で相手が経済的に我が国に依存する点があるならそれをちらつかせて押し切る事も出来る。そんな暴力も優越点も自国にない以上、強気の外交など成り立つ筈がなかった。
それでも、フレドリックはそれを口に出す事が出来なかった。この兄が本当に軽率な人間なら、そんな理屈が通らないからだ。この兄は考えが足りず、国王になる資質がない…それを確認するのが恐かった。もしそれを知っていて放置するなら、将来その国王がやらかした時に、兄の戴冠に反対しなかった自分の罪となるからだ。では、それが分かったら戴冠に反対するのか…それこそ国を二分する事になる。フレドリックには兄に言い返す勇気がなかった。
「ふん。お前如きに外交を語る資格はない。屑が!」
両手を握りしめて俯くフレドリックを置いて、ダリウス達は去って行った。
言い負かせれば自分が優位と思っているかもしれないが、そんな刹那的な勝利が何になろう。相手を言い負かして喜ぶ様な人間は、そもそも人として見下されている。




