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5−7. 交渉に向けて

 暗殺の実行犯である主教からは、何らかの薬物が検出された。それが錯乱丸であると特定は出来なかったが。教会に対する聞き取りでは、該当する主教が日頃から危険思考に囚われていたかどうかは判然としなかった。


「父親が戦争で亡くなった事は知られていました。国教の敬虔な信者となる事が父親の弔いとなると考えているのではないか、と言われておりました」

「本人は父親が戦争で亡くなった事についてどう言っていたのだ?」

「日頃は口にしていませんでしたが、戦没者追悼式典の際には、『国の為に命を捧げる事は名誉な事だ』と言っているのを聞いた者がおります」

「…実際にはそうは思っていなかった様だが」

「ですが、敵討ちに夢中であれば、聖職者にはならないと思いますよ。聖職者とは神に仕える事で心の平安を求める者です」

「日々、神に父の死の意味を問わねば平常心を保てなかったという可能性はないのか?」

「それにしては、常日頃の彼は温和な人間だったと思います」


 国教会内での加害者に関する聞き取りは進んだが、彼が怨讐に囚われていたという証言は得られなかった。一方、彼に何らかの薬剤も盛ったらしき人物は浮かび上がらなかった。国教会ではむしろ薬物依存の治療をしており、麻薬系の薬物は存在していなかった。


 錯乱丸に関連した貴族と商会の人間はまだ拘束されていたので、再び入手経路に関して聞き取り、つまり拷問が行われたが、新しい情報は出てこなかった。


 王国としては偽物を皇帝として寄越した帝国に対し、強い抗議を行った。騎士団の早馬を使って両国国境近くの町、エガムの騎士団事務所に、事件の二日後にはウィグムント王の名前で書かれた抗議文が届いた。本来なら外務省経由で帝都まで届けるところだが、外務卿の忠誠心に疑問があったために外務省内の人間に対する疑念もあり、帝国騎士団経由で帝国に届けられた。


 帝国からの返答は速かった。4日後にはアシュフォードの町から国境の関所経由でエガムの騎士団に返書が届けられた。すぐに本物の皇帝が王都に遺憾の意を伝える為にやってくるとの事だった。


 王は宰相ほか重臣達と王弟ヴィンセント・モントローズ、そして貴族議会議長を集めて対応を話し合った。

「まず、偽物を皇帝と偽って王宮に入れた事、これについての帝国の罪がまず大きくなります。一方、王国としても暗殺事件を阻止出来なかった事が次いで大きな罪と言えます。その背後関係をその場で報告し、対策を打ち出せれば当方の謝罪代わりと出来ますが、如何せん、背後関係が分かっておりません」


 宰相の報告にヴィンセントが意見を述べた。

「皇帝の来訪までに分かった事を報告するしかないだろう。国教会内に反帝国のグループがいない事を確認し、今度は教会の祝福は行わない様にするしかない。一方、貴族議会からも何かメッセージを出さねばならないが…」

貴族議会議長が後を継いだ。

「帝国側からの謝罪なしに、貴族議会で帝国に対し何らかのメッセージを議決は出来ません」


 ここで宰相がその他の措置について述べた。

「外務卿は罷免し、新しい外務卿が皇帝の接待をする事になります。また、帝国大使の交代を要求します。よって、大使とアンジェリーナ皇女はしばらく離宮にて過ごしていただく事になります」

ヴィンセントが皇女について尋ねた。

「皇女は偽皇帝来訪については関与していないのだろうか?」

「前日には皇帝と会っておらず、またそういう情報を耳に入れて陰謀に関与させるには、皇女は素直で大人しいと言えます。事前には聞いていないと言う皇女の証言は偽りではないでしょう」

「では、皇女殿下の待遇については礼を失する事の無い様にお願いしたい」

「もちろんです」


 次いで王室庁からの発言が続いた。

「事件の後ですので、皇帝の受け入れ、陛下とのご挨拶、宰相中心の問題対応会議はあくまで王室だけで行います。貴族による歓待などは行わい事とします」

「それが良い。対帝国感情が悪化しているのは確かだ。実務的な事を関係者だけで行い、成果を公表して国内の雰囲気を軟化させてから、機会を改めて交流を図った方が良い」


 ヴィンセントには貴族学院における風評状況が耳に入っていた。一度鎮静化した皇女批判がまた噴出していた。悪意は潜んでいただけで、無くなった訳ではなかったのだ。この為、皇女の世話をしていたフレドリックの立場が無くなっていた。一方、事件は平民の間には公表されていないから、平民街での騒ぎは無かった。


 そして、占い師は事件から1週間が過ぎた頃、ふらっと孤児院に戻った。ピートが門扉を開けるや否や、子供達が占い師に抱きついた。

「ジェニー!もう帰ってこないかと思ったよ」

「うわぁあぁん。ジェニー!」

「もうどこにも行かないで!」

一人抱きつかない年長のピート以外、全員泣いていた。占い師としては背中をさすったり、頭を撫でたりする事以外出来なかった。


 占い師が王都の検問を通らずに孤児院に戻った事はモントローズ家の監視からヴィンセント達に伝わった。王都の10ftの外壁は占い師にとって何の問題でもない事が分かった。また、問題が起こった時に王都内にいないのだから、自分は関係ない。何か聞かれてもそう答えるつもりだとも分かった。

 明日から新章になります。

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