5−5. 歓迎式典 (2)
「医者を呼べ!聖魔法師もだ!」
宰相が叫んだが、皇帝の護衛達はもういきりたっていた。
「国賓と欺き皇帝を無き者とするのが此度の謀略か!ここは卑怯者の国か!」
王と皇帝から一番遠い場所にいるアンジェリーナ皇女は皇帝に近づこうとしたが、大使に腕を掴まれ、進む事が出来なかった。
帝国の護衛達とウィグムント王の間に近衛が入り、不測の事態に備えた。もう帝国側に不測の事態が起こってしまっていたが。王弟ヴィンセント・モントローズが王に近寄って言った。
「兄上、お下がりください!」
近い距離でもみ合いが始まりそうな中、倒れた皇帝に寄り添っていた侍従の横に、黒髪のメイドが立っていた。その場でしゃがみこみ、皇帝の髪をその手で掴むまで誰もその気配に気付く事がなかった。そのままメイドは立ち上がり、ぶちっと言う音を立てながら、皇帝の金髪がその頭から全て離れた。
その鬘の下に現われた短い茶色の頭髪を見て、メイドは大声を上げた。
「ああっ!美髪帝の見事な金髪が短剣に塗られた毒で茶色に…変わる訳ないわね。その皇帝とやらは偽物よ!」
皇帝の暗殺という事態から、突然の偽皇帝の告発に、近くにいた王国騎士も帝国の護衛も立ち尽くしてしまった。
その場から一歩下がった黒髪のメイドは、くるくると回りながら大声を発した。
「前日に出迎えた大使も王国外務卿も偽物と知っていた筈よ!この茶番は帝国大使と王国外務卿の共犯の下、王国を貶める陰謀だったのよ!」
メイドが腕をふり回すのに従い、金髪の鬘も風に靡いた。
倒れている皇帝の髪の色は群臣から見えなかったが、黒髪メイドが右手に持って振り回している金髪の鬘は良く見えた。言葉は呑み込めなくても、その映像は皆の心に刻み込まれた。
流石に事態に気づいた帝国の護衛達がメイドに迫った。
「狂人め!出鱈目を言うな!」
「はははは!こんな茶番が通用すると思った愚か者が、真実を告げる者を狂人と言う!愚か者はデマで嘘を真実に出来ると思うのね!愚かだからこんな粗雑な陰謀をするのね!」
「黙れ!貴様!」
手を伸ばしてくるくる回り、手を縮めて回転を変える黒髪メイドを帝国の護衛は取り押さえる事が出来ない。
メイドは帝国護衛の隙を見て金髪の鬘を放り投げた。その鬘はヴィンセントの前にふわりと落ちて来た。黒髪メイドのナタリーはヴィンセントと面識はなかったが、先ほど王を『兄上』と読んだ事からヴィンセントと認識したのだ。その鬘を見て我に返ったヴィンセントがウィグムント王に告げた。
「兄上!事実の確認が最優先です!」
ウィグムント王も我に返った。
「近衛!まず皇帝陛下の現状を確認せよ!」
黒髪メイドを追って皇帝の傍を離れていた護衛達は、近衛騎士を阻止出来なかった。皇帝を囲っていた侍従達が声を上げた。
「王国はこの期に及んでまだ言い逃れをするのか!」
それを聞いたヴィンセントが大声で答えた。
「まず現状確認が出来ねば治療も出来ない!その方が真実皇帝であると言うなら、何を隠す事があるのか!?」
王国騎士が帝国護衛を阻止している中、皇帝とやらの頭部を抱えていた侍従は両手を捕まれその死にかけた男から引き剥がされた。
ウィグムント王も、ヴィンセントもその男の茶色い短髪を見た。
ウィグムントが口を開いた。
「帝国の者よ、その男が皇帝か?」
ウィグムント王の怒気が乗った言葉に、帝国の者達は口を開く事が出来なかった。彼等はこの陰謀に中年の美男を用意したが、本来探していた金髪美男を使い捨ての駒として用意する事が出来なかったのだ。
その騒ぎを横目に、黒髪メイドのナタリーは正謁見室を後にした。王家の隠密が後を追おうとしたが、既に王宮の裏まで調べつくした黒髪メイドは簡単に隠密達を撒いた。
その先にスチュアート・モントローズが正装で立っていた。親指を立てた拳を振り、『付いて来い』と示して走りだした。その方向はナタリーの想定した逃走方向の一つだったので、彼女はスチュアートに従った。
スチュアートが誘導した先は、本日使っていない、窓際の待合室だった。息を整えてからスチュアートは尋ねた。一番大事な事を。
「内務卿からの依頼は、皇帝の護衛では無かったのか?」
黒髪のメイドは俯き加減に立っていた。黒い前髪が彼女の瞳を隠していた。いつもの様な鼻の頭と顎の先の丸みはなく、代わりに頬が少し丸まっていた。その口元は小さく上向いていた。
「皇帝とやらの護衛は案山子揃いだったから」
「偽物と分かったのか?」
「そもそも皇帝自身が前線に立てる男だから、あの間合いで避けられぬ理由がない」
言葉を続けようとしたスチュアートの前で、黒髪メイドの姿がブレた。カーテンを押し退けるバサッという音がして、カーテンが捲れ、戻った。一瞬の間にメイドは去ったのだ。
スチュアートはカーテンを押し退け、室外を見た。すでに彼女の姿は無く、遠くに魔法の気配が4つ、移動していた。カーテンから化粧の匂いと、ハーブの匂いがした。彼女は得意の野草の知識を用いて臭いを消し、気配を消していたのだ。
スチュアートはカーテンを握りしめた。
(そんな冒険をする必用があるのか…必用なら私がやったのに…)
そうはいかない筈だった。身元不明な人物だから危険に身を晒せるし、両国関係への影響は最小限に出来るのだ。そんな判断も付かないくらい、スチュアートは彼女が危険を冒すのが我慢ならなかった。
ヒ素は頭髪から検出されると思っていたら、ちょっと怪しいという説がある様です。
いや、ヒ素が使われたと言っているのではなく、凶器に毒が使われていたとしても、頭髪の色まで変えないだろうという話。だいたい、頭髪に有害物質が表れるのは長期間の毒物投与の場合で。




