5−4. 歓迎式典 (1)
内務卿の手の者は、黒装束の工作員に王宮のメイドの身分を用意した。身分証と官給品の服、王宮内の使用人用の個室すら用意した。
(……罠か?油断して眠っているところを取り押さえられるか?まあ、そこまで馬鹿じゃないが)
潰れた飲み屋の中で着替え、すっかり王宮メイドになりきった占い師は、薄手のコートを羽織り、黒髪の上にフードを被った。平民街から貴族街の横を抜けて、王宮の外壁をぐるりと回って通用門に着いた。
「メイドのナタリーです」
外套を脱いでそう告げ、身分証を見せた。騎士は手に持った外套を改めたが、何も隠していない事を確認すると入門させた。
メイドのナタリーは特に周囲を見回す事もなく、個室に辿り着いた。タンスには替えの服、下着まで入っていた。椅子を移動し、外れる天板を外し、天井裏の埃を拭う。つまり、今晩はここで眠る訳だ。
王宮の使用人用食堂の料理は不味くはなかった。
(メイドの中には貧乏貴族の娘もいるだろうから、本当に使用人用を出すのも問題なのだろう)
メイドのナタリーの舌の許容範囲は下っ端騎士より広い。本当に不味くても他に食べる者がなければ食べる事が出来る。
軽く水浴びをした後、ベッドに魔法警報を設けてから屋根裏で眠る。どこででも眠れなければ工作員など出来ない。熟睡はしないが、翌日問題なく動ける程度の休息はとった。
翌日、来客用の離宮で過ごした皇帝は、王宮の正謁見室の近くの控室に入った。正謁見室には上位貴族と宰相以下大臣達が横に並び、皇帝の出迎え体制を取っていた。
上位貴族の一番上位にあたる王弟ヴィンセント・モントローズと妻子が王に一番近い場所に立った。
出迎えの人々の中にいるスチュアートには疑念があった。
(皇帝の存在感を感じない…偽装しているのか?)
群臣が居並ぶなか、正謁見室の扉が開かれ、そこに立っていた侍従が声を張り上げた。
「ウェセックス帝国皇帝、エグバート陛下のご入場です!」
美髪帝としても知られるエグバート帝は、長い金髪を揺らしながら赤いカーペットの上を進んで行く。美男子として知られていたが、既に御年43才、大分渋みが増していた。
細面に多少の皺が現われていたが、それも中年男の魅力を増している様だった。10人程の護衛と侍従を従えて、王国の群臣が両側に並ぶ中を悠々と歩いて行った。
皇帝が決められた場所で立ち止まり、帝国の臣下達が片膝をついた段階で、王が壇上から降りて皇帝と同じ高さに立つ。その段階で皇帝が挨拶を述べた。
「ウェセックス帝国皇帝エグバート、ウィグムント王に挨拶いたす。王以下群臣の出迎えに感謝する」
その言葉を受けてウィグムント王が返礼を述べる。
「帝国皇帝の来訪を歓迎する。今後の両国の友好を望む」
二人は右手を差し伸べ、手を結び2回上下させた。
出迎えた群臣は大きな拍手で二人の君主の友好を歓迎した。王国の大臣達の横に帝国大使とアンジェリーナ皇女も立っていたが、微笑んで拍手に加わった。
両手を離した王と皇帝は、そのまま横並びになった。ここで王国国教会大主教が4人の主教を従えて現われた。王と皇帝の前に立ち、祝詞を述べた。
「お二人と二国の上に、必ず神の祝福がありましょう。神は二国に微笑まれております」
そして群臣は祝福を拍手で歓迎した。
それを壁際のカーテンの横で見ていたメイドのナタリーは口角を歪めた。
(ふん。皇帝は大使とその背後のレノックス公に虚仮にされているという訳か。彼等を信じていると言う事は、スペンサー候もそれに同調しているのだろう。まあ、良い。お前等の好きにはさせない)
大主教が横を向いて退こうとした時、主教の一人が皇帝に走り寄った。そして皇帝が突き倒され、床に赤い液体が広がった。
皇帝の護衛達が走り寄る中、主教は喚いた。
「我が父ボビーの仇、ここに討ち果たした!王国を守護する神に栄光あれ!」
そして自分の首を持っていた血濡れた短剣で切った。
皇帝の護衛達が皇帝の周囲に固まり皇帝を守ろうとしたが、床に広がる赤い液体は止まらなかった。王国騎士達が暴漢を取り押さえようとしたが、既に主教は首から血飛沫を上げながら倒れていた。
続きます。




