5−3. 皇帝来訪
帝国皇帝の馬車が帝国領アシュフォードを出た。
国境の関所で、先頭に4騎、その後ろに近衛の馬車、その後ろに帝国皇室の紋章を付けた馬車が続き、後ろにやはり近衛の護衛が続いて通過した。関所を通り王国の敷地に入ると、その前を王国第二騎士団の8騎が先導し、後ろを騎士団の馬車が守る恰好で続いた。
この幹線道を王都まで6日かけて移動する。各地での馬の飼料はそれぞれの国が負担するが、皇帝と従者の歓待は各地の領主の仕事となった。
そういう訳で、経路の各地では臨時的な好景気になった。物価が高止まりしていれば逆に各地の平民・貧民が苦しむ事になっただろうが。
王や宰相には騎士団から毎日報告があった。一方、王弟ヴィンセント・モントローズも各地の貴族から報告を入手していた。
「皇帝は鷹揚に振舞い、特にトラブルは起こっていない、か…」
控えていたヴィンセントの長男ギルバートが口を開いた。
「帝国大使が盛んに買収をしているのが気になります。何をしようとしているのでしょうか?」
「買収自体は気にしていない。所詮伝統貴族と商人系貴族は反りが合わない。かと言って皇帝の性質的に、そういう調略をしてくるとも思えない。当面の帝国から我が国への圧力はないだろう」
「まあ、皇帝が侵攻してくれば、領地の一つ二つは簡単に滅びますからね…」
「帝国にとって今一番大きいのは後継者問題だ。それがクリア出来ないうちは外国に手を出す余裕もあるまい」
「王国外務省の動きが鈍いのが気になりますが…」
「我が家独自の連絡係を帝都に派遣してはいるが…何せ皇帝の車列のお陰で最新の情報が途中で止まっている。まあ緊急の連絡は無いからそんな余裕の情報伝達をしているのだがな」
「内務が彼女に接触しているのも気になります」
モントローズ家による占い師の監視は、元々はスチュアートが個人的に行っていたのだが、物価高騰の献策に続き錯乱丸の情報伝達と重要な動きが続いたため、ヴィンセントの命で監視を強めていた。
「彼女の諜報活動はそれほど活発になっていない。そうすると、王宮での皇帝の護衛でも頼んだのかもしれんな」
「大使の買収目的はむしろ王国を乱す事だと思いますが…」
「内務卿は無能な男ではない。商人系貴族と距離を置いているし、何らかの理由があるのだろうが、その内容はこちらには漏れてこない。兄上と宰相が使っている商人系の者達が裏で何かしているのかもしれんが、こちらにはその情報も無いから何とも言えん」
そうこうしている間に皇帝の車列はあと2日で王都に入るところまで近づいていた。
そんな朝、王都外の孤児院に粗末な馬車がやって来た。農夫の様な恰好をしたスチュアートがやって来たのだ。
占い師としてはお客と判断して、普通の茶を淹れた。一口含んだスチュアートは言った。
「正解だ。業務連絡に来た。皇帝来訪の間、私はモントローズ家の人間として行事に参加する為、騎士団の仕事は休んでいる。だから、何か情報があればモントローズ家の門番に託してくれ」
聞いている占い師の口は微笑の形をとったままだった。
「国賓の来訪となると王都の検問も厳しくなります。私も来訪の前日からは王都に入るのを止めようと思っています」
「ほう…」
スチュアートもモントローズ家の監視経由で占い師…黒装束の裏家業の人物が内務の人間と会っていたのは聞いている。占い師の発言を、これはこれで業務連絡だと判断した。
「まあ、君子危うきに近寄らずだ。下手な動きはしない方が良い」
もちろん嫌味だ。
「ええ。ご忠告ありがとうございます」
帰りの馬車の中でスチュアートは苦悩した。
(くそう、彼女にとって、多少の危ない橋は特に危ない橋ではないのだろうが、内務の狗として危険な目に遭うのは我慢出来ないぞ)
どうせ危険な仕事をするなら、自分に振って欲しいスチュアートだった。
そうして、皇帝の車列があと1日で王都に着く、そういう日になった。朝の農作業を終えた孤児の前で占い師は話した。
「明日には帝国の皇帝が王都に入るから、これから数日は王都の外壁に近づいては駄目よ。騎士も役人も苛立っているから、何か指示されたすぐ言う事を聞くようにね。私も数日、姿を隠すから、その間はみんなピートの言う事を聞いてね」
ピートの妹のニアが恐々口を開いた。
「ジェニー、どこかにいっちゃうの?」
他の女の子達も占い師に抱きついて来た。
「ジェニー…」
占い師は一人一人の頭を撫でて言った。
「大丈夫よ。何も起きないから。でも、私の様な流れ者がこういう時にうろつくと、難癖付けて来る人間がいるからね。しばらく大人しくしているだけだから、心配しないで」
まだ子供達は不安そうな顔をしているから、占い師は一人一人をぎゅっと抱きしめてあげた。
10才になったピートは子供扱いを嫌うから抱きしめなかったが、代わりに他の子の目が届かない場所で指示を出した。
「ピート、何かあったら、里山の例の場所に隠してあるお金を使いなさい」
「…不味くなりそうなのか?」
「念の為よ。きっと何もないから安心して」
何もないなら、腹の据わったジェニーがこんな話はしない、とピートは思っていた。
とは言え、ここをピートが仕切って運営出来る様にジエニーは仕向けている。彼女が、いつかここを去る事はピートも分かっていた。
帝国の行軍のテーマ曲と言うと、スター・ウォーズのあの曲が思い浮かぶのですが。ベイダー卿のあれ。




