4−1. 騒動の芽
ある日の夜、スチュアート・モントローズは下位貴族街から平民街の間を走る魔法の気配を感じた。彼女が合法的な事をしている間はいい。だが、夜の行動は気になった。官舎のベッドから飛び出し、服を着替えて夜の街に歩き出した。
気配は平民街と下位貴族街の間の公園にあった。公園に入ったスチュアートは、気配のある木の下に歩いて行った。すると、殆ど音を立てずに黒装束が木から飛び降りて来た。
「何をしているんだ?」
問いには答えずに、黒装束は右手を差し出した。
「ほら」
普段より低い声で黒装束は声を出した。思わず手を出したスチュアートの手のひらに、紙包みが落とされた。
「何だ?」
「南の国の伝説の薬、錯乱丸だ」
瞳で先を催促するスチュアート。
「その昔、極東の国に若く眉目秀麗、才気煥発な役人がおり、帝の覚えもめでたかったそうな。その男がある日、城内で乱心して斬られた事があり、調べると体内魔力を乱す事で身体と精神を乱して暴れさせる薬品を盛られたと分かった。それがこの錯乱丸だと言われる」
「その様な物をどうするつもりだ?」
「つまり、魔力の強い貴族が人が集まるところで盛られれば騒ぎになり、相手を追い落とす事が出来る。そうなると王や王子と言うより、貴族の中で爵位が高く能力の高い者が狙われるだろう。王弟とその跡継ぎに忠告する事だ」
「私の心配はしてくれないのかね?」
黒装束は肩を竦めた。
「いつも通り、魔力を調整すれば問題ない」
(信用されているのか、心配されていないのか…)
「ただし、数が用意されている。何かで騒ぎを起こすつもりだ」
「どの程度用意されている?」
「今日見つけのは100以上だろう。ただ、他にないか確認が必用だ」
「問題が起きなければ調査は始められない」
「では、致命的な事件が起こるのを待つか?」
軽く肩を竦めた黒装束は口を開いた。
「まず、それがそういうい物か調べろ。騎士団には知らせるな」
「それだと我が家が貶められる可能性があるが」
「薬物貴族が取り扱っている物だ。第一騎士団は買収されているのだろう?」
「…分かった。調べよう」
「明後日の晩までに残りの行方も調べてやる。三日後にこちらで問題を起こすから、それで強引にガサ入れしろ」
「私の隊だけでは取り締まれない」
「なら、高位貴族の横のつながりを利用しろ。薬物貴族とは距離のある連中がいるだろう」
「残りの行方はどうやって調べるのだ?」
「匂いで分かる」
スチュアートは黙った。
翌日、スチュアートは公爵家の医療関係者に調査を命じた。勤務を終えて実家に顔を出すと、声を潜めて関係者が語った。
「ネズミに少量投与したところ、籠の中で狂ったように暴れた挙句、傷からの出血で死にました。成分を調べると、見知らぬ成分が多かったのですが、魔法鎮静薬と興奮薬が含まれているのは分かりました」
「人間の体内に入った場合に、精神ならびに身体に異常を来す可能性はあるのか?」
「仰った通りの効果がある可能性があります」
「どこの国で流通している物か分かるか?」
「興奮薬は東方からもたらされる物と類似しています」
「極東の伝説とやらは信憑性があると言う事か…」
「その件は当家の者は誰も知りませんので、明日図書館で調べて参ります」
「人目に付かない様に、平静を装ってくれ」
「もちろんです」
スチュアートは騎士団の同僚の上位貴族の子息に声をかけた。
「そう言う事で、緊急出動の準備をしてくれないか?」
「途中で梯子を外したりしないだろうな?」
念を押したのはジョナサン・ヒューム侯爵子息だ。
「中毒性のある麻薬などではなく、一発で破滅する様な物だ。騒ぎを起こす目的なら多数用意されているだろう。薬物貴族が関わっている以上、上を通すともみ消される。協力してくれ」
「しかし、踏み込んで見つける事が出来なければ責任問題になるぞ?」
確認したのはもう一人の小隊長、ウォーレン・キャロウエィ伯爵子息だ。
「情報源は匂いで分かると言ったが…」
三人の男達は現物の匂いを嗅いでみたが…
「顔を近づければ分かるが、包みの上からでは分からんぞ」
「片っ端から包みを開ける訳にはいくまい」
スチュアートも思案した。彼女は一々嗅いで回ると言うのか…
「匂い…そうか、風魔法で周囲の魔法の乱れを感じるんだ!」
スチュアートの感覚では、紙包みの中の薬剤が紙の外側の魔力を乱しているのを感じた。
「おいおい…」
「無茶言うなよ」
そう言いながら、男達は現物を分けて、部下の風魔法師に検知の訓練を命じた。
日頃の行いのせいか、それなりに信用されているスチュアート。




