3−3. 救世の策
「無辜の民の生命の危機だ。策があるなら教えて欲しい」
「小娘の浅知恵の上、机上の空論に過ぎませんが」
「検討の余地はあっても、検討の価値があるなら聞きたい」
はぁ、と占い師は息を吐いた後、話し始めた。
「投機、というのは経済見通しにより先行して売買を行う事を言います。降雨不足による収穫量の低下を見越し、その際の値上がりを予想して買占めが行われている。それにより市場に流れる商品が減少して価格が高騰している。それが現状だと思います」
「そうだな」
「もっと値上がりして売却益が出る、そう予測するから転売を繰り返します」
「一度利益を確定する為に売る、そしてまだ上がると思うからまた買う。そうして利益を積み重ねる訳だ」
「小麦売買が許可制なのは、戦略物資ですから売買を規制する目的です。その為、売買量・回数毎に税がかかります。これが商務省も財務省も動かない理由です」
「そうだな。税収が上がれば自分達の手柄になる。役人はあくまで個人の手柄と所属省庁の利益しか考えない。しょせんは只の役人だからな」
「さて、一般的に価格はどう決まりますか?」
「需要と供給の関係だろう?」
「そう。だから本来は最大の供給力を持つ者と最大の需要を持つ者の間で決まる筈です」
「最大の需要、つまり買い手は現在は貴族と言う事になるか」
「それは一時的なものに過ぎません。まだ高騰すると思うから参加しているプレイヤーに過ぎません。本来の王都近郊の麦市場はパン職人が主な客です」
「そうだな。王都でわざわざ麦を買う者は他にいない筈だ。他の市場より需要が多い分、価格が元々高い。公認のパン職人は取り引き実績を商務省に報告する必用がある。だから小麦商人から必ず買う」
「ですから、パン職人が一定の価格以上では買わない、そういう体制を作れば良い、そういう結論になります」
「麦は認定された麦商人から買わないといけない、その前提に違反する案なのか?」
「裏技があります。貴族が自分で経営する料理店では自領の収穫物を使う事が許されています。だから、パン店に資本参加した後、麦を安く売れば良い訳です」
公爵邸に戻ったスチュアートは、父親であるヴィンセント・モントローズ公爵に話を持って行った。
「そんな最下層民を救う為に、貴族達を敵に回せと言うのか?」
「このままでは各地で餓死者が増え、暴動も起こるかもしれません。治安維持の為に動くべきと考えます」
「そして、お前すら怪しいと思っている小娘の策に実家を巻き込もうと言うのか?」
「彼女の小さな孤児院の子供達の命がかかっています。彼等を守る為にはその周囲の大人達の命も救わないといけない。だからモントローズ家を騙す理由はないですよ」
「貴族に生まれ、貴族の中に生きるなら、善意など信じてはいかん。メリットとデメリットのみ秤にかけて動け」
「メリットは王弟ヴィンセント・モントローズの名を高める事ですよ。デメリットは国家に寄生する拝金貴族どもを敵に回す事ですよ。それはあなたの目的通りでしょう?」
「説明しろ」
「まず、パン職人組合に掛け合って、資本参加を受け入れるパン店を募集します。受け入れたパン店には例年の価格の1割増しの価格で小麦を売ります」
「現在の市場価格は例年の5割増しだ。とんだ大損だぞ?」
「あなたの軽蔑する拝金貴族みたいな事を言わないでください。例年より1割高いのですから、利益はあると言えます」
「詭弁に聞こえるぞ」
公爵も1割増し、が占い師の孤児院とその周囲の者達が生き延びる為の境界である事は理解している。だからそのラインが自分達にとって最適なラインとは思っていない。
「資本参加を受け入れるパン店はやがて増えるでしょう。だからその募集はなるべく長い期間受け付ける様にすべきです」
「そうだな。詐欺でないか見極めたい者は当然いるだろう」
もちろん、嫌味である。
「そうして麦商人は貴族以外が購入しなくなったのを知ります。こうなると商人は値崩れする前に売りたいと考えます」
「転売屋達が値崩れを予想する前に売りたいだろうな」
「その動きは放置します。最終的な価格は例年の1割増し以下になる筈ですから」
「そうなると我々から買う者がいなくなるが?」
「公爵家とは言え、いつまでも小麦を供給出来る筈はないでしょう。ちなみに我が領地の収穫予測量はどうなっていますか」
「日照も降雨も例年並みと報告を受けている。収穫量は例年並みだろう」
「そうなると備蓄をそこまで気にする必要はないですが、とは言え、他家も巻き込んで売買量を多くすべきです。だから、我が領地と王都の間に領地のある大貴族を2家巻き込む事をお勧めしますよ」
「メリットとデメリットを述べよ」
「メリットは輸送費用の低減です。つまり、我が家の備蓄した麦を途中の貴族領まで運び、その貴族の備蓄した麦を王都に運ぶ。これで輸送費が半減されます」
「デメリットは?」
「予測される不作に備えて麦を融通する、という体を取る為、不作が予想される家を巻き込む必要があります。だから秋にはそれなりの備蓄を残す必要があります。そうして3家またはそれ以上の家で融通体制を作ると役所に申し出、その麦の運搬には役所の監視が付きます。非常事態には貴族同士が麦を融通する事が監視下では許可される、そういう制度を利用します。だから隠し事は出来ません」
はん、と公爵は鼻を鳴らした。
「それは王家からすればむしろ推奨される事ではないか!何がデメリットだ!」
「怪しい占い師に騙されていると思うでしょう?」
ハハハハ、と公爵は笑った。
「貧民を救う為に貴族家を救えと言う!謀とはこうでなくてはいかん!踊らせる者にも利益があると思わせなければな」
「利益はあるでしょう?」
「そうとも!王に対しては貴族の共助を率先して示す。一方、不作予想の貴族には『さすが王弟』、と呼ばれる。そうなると一部の拝金貴族だけでは止められない。確実に名声が手に入るのだから、やらずにはいられない。とんだ詐欺師だ!」
まあ、顔を隠して影で動く闇の女ですがね。




