3−1. 主食の危機
フレドリック王子は時々、放課後にアンジェリーナ皇女を貴族学院の応接室に誘い、お茶を飲みながら世間話をする様になった。
「その、お国の事をとやかく言うのもどうかと思うのですが、最近王都で雨を見ておりません。例年、この様な天気なのでしょうか?」
皇女の言葉にフレドリックは苦笑いをした。
「いや、例年はもっと雨が降っている。この時期にこうも雨が少ないのは珍しい」
「そうなると都市の利用する用水や、農作物に影響があるのではないですか?」
「仰る通りだ。用水の方は西部山地由来の湧き水が集まった川を利用しているのでそこまで問題はないと思うが、農作物の方は影響が出兼ねない」
「その様な予測があると、そろそろ物価が上がり始めるのではないでしょうか?」
「そうだな。それぞれの貴族の領地では、昨年の収穫を計画的に都市部に放出しているから問題はないと思う。一方、王都やその他の上位貴族の中心都市では消費が多い為、不足する様な予測が立つと、早期に買い占める行動を取る者が出だす。それを管理する為に、麦の売買は国の許可制になっている。税をかけて毎月の流通量と売価を報告させているのだが、貴族が飢饉に備えて購入して備蓄していると言われると、厳しい規制が出来ないのだ」
皇女は沈んだ顔をした。
「何か気がかりでも?」
「いえ、そういう事態になると、都市近郊の平民に皺寄せが行くと思いまして」
「そうだな…ありがとう、我が国の平民の心配をしてくれて」
「…いえ、何も出来ませんので、口に出す事は憚られました」
「いや、心配してくれるだけでもありがたい」
降水量不足は王都近辺と東部にて顕著だった。北部は雨量は問題ないが元々低温の為、収穫量予測は平年通りだった。だから南部の収穫量次第で王都近辺での夏以降の麦不足が予測された。
「商機と見れば先んじて動くのが才覚と言うものだ」
「値上がり傾向なら一度売って、また新しい麦を買えば良いのですからね」
そんな拝金貴族と商人達の会話がそこかしこで見られ、王都近辺の麦価格は跳ね上がった。
一方、王都の主食を提供するパン屋はこれまた許可制となっており、収支報告は月毎に行われた。そういう事もあり、王都のパン屋は王都内でしか麦を仕入れる事が出来ず、高騰した麦を買わざるを得なかった。
「ええ!?また値上げ!?」
「すいませんね。麦の価格が上がっている為、売価に転嫁するしかないんですよ」
「だからって、もう冬場の3割り増しになってるんだよ!?買う方も何か対策を取らないとやっていけないよ」
「これでも利益を圧縮して売っているんですよ」
それでも王都内のパン屋は競合するのであまり値上げが出来ない。ところが、王都外で営業を許可されているパン屋は少なく、王都近郊の貧民街に出回る頃には冬場の4割増しになっていた。
「おいっ!こんなに上がったら女房子供に食わせる分が買えないだろ!いい加減にしろよ!?」
「仕入れ値が上がっちまってるんだ。嫌なら他所で買ってくれ」
そうして、占い師が管理している孤児院に近い貧民街でも、飢える者が増えた。孤児院では薬草以外にも雑穀を育てていた。だからパンが高騰しても飢えずには済んだが、周囲では孤児院に食料の備蓄があると思い込む者もいた。
夜間に孤児院施設内の木にかぎ爪を引っかけ、それに結んだロープを伝って壁を越えて張り込んだ者がいた。月明りの中、周囲をきょろきょろと見回した男は、納屋に入ろうとした。その背後に黒装束の人物が忍び寄り、男の首筋を叩いて昏倒させた。
朝には孤児院の近くに縛られた男が木の枝から吊るされていた。日が昇るとすぐ、占い師は町長の家の扉を叩いた。
「何だい、早いね?」
「孤児院に入り込んだ男がいました。今は敷地外に吊るしてあります。盗人として裁いて欲しいのです」
貧民街でも一応町会の書記と会計がいて、町長と三役を形成していた。その三役が裁判員役に男女3人ずつ連れて来て、男に対する臨時裁判を行った。
「それで、孤児院に侵入したのは認めるのだな?」
「おうっ!孤児院はこの貧民街の一部だ!そこで余所者が勝手に栽培している物を取ったって罪にはならんだろ!?そこらに生えている雑草を抜くのと同じだ!俺は悪く無いぞ!」
女の裁判員達は同意しなかった。
「この間は薬草を奪おうとして、今度は子供が食べる為に育ててるものを奪うのかい?あんたに人の心は無いのかい!?」
そうは言ってもこの町の住人は本当に最下層の人間だ。子供が邪魔だと思えば捨てる、そんな親が普通にいるから孤児が7人もいるのだ。
「そんな誰の子かも分からねぇガキどもより、家のガキの命の方が大事だ!」
そう言われると、集まって来た野次馬達は、孤児院から食料を奪っても良いのではないか、と言う雰囲気になった。
他人の命はニッケル硬貨より軽いけれど、自分の権利は地球より重い、そういう人いますよね。




