表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
醜い五線譜 ~狙われた美少女ジャズ奏者~  作者: ウチダ勝晃
第三章 暗躍する人影~沼井美咲は敵か?味方か?~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/20

 きっかけは、千尋さんの家へ遊びに行った翌々日、悠一さんからもたらされた一本の電話だった。

「はい、高津です――」

 放課後、たまには寄り道せずに帰ろうと新宿駅前を歩いていたところにかかってきた悠一さんからの電話は、あまりにも衝撃的なものだった。

「やっぱりあの自転車、細工されていましたよ。ブレーキパッドを固定する部分のネジが折れていたので、ひょっとしたら整備不良かもしれないと疑ったんですが、あの折れ方は誰かがヤスリで傷をつけないと出来ないものらしいという鑑定結果が出たんです」

「じゃ、やっぱり――」

 食いつく僕に、電話越しに悠一さんのためらうような吐息がもれる。

「どうやら、翡翠ヶ丘高校の内部にホシがいると見て間違いないようですね。それから、これは高津さんや金沢先生、U先生にしか打ち明けられないことなのですが……」

「な、なんですか?」

 つられてこちらも小声で聞くと、悠一さんはとんでもない爆弾を投下した。

「――ネジから犯人のものらしい指紋が採取できたんです。千尋さんの自転車が登校の時に何の問題もなかったことを考えると、細工は校内で行われた可能性が高いわけです。そうなるとやはり、学校内に関係者がいると踏んで間違いないと思うのですが……」

「なるほど、そういうことだったんですか……」

 これでこの前、病室から悠一さんが姿を消した理由が分かった。おそらく、U先生の問い合わせに出られなかったのは、同じ条件を設定した状態での追試験の最中だったためなのだろう。

「わかりました。変なところから漏れると厄介ですからね。もちろん、黙ってますよ」

「よろしくお願いします。では、また何かあったら連絡します」

 電話が切れると同時に、これでピースが全部そろった、という妙な充実感が僕の頭を駆け抜ける。先だって一致が証明されたキジ羽根の件を考えれば、これで犯人が田谷京香でないという方が妙な話ではないか。

「さすが悠一さん、これであっという間に解決だなあ」

 呑気に口笛を吹きながら、そのうち行われるだろう事件解決記念の慰労会――秋に起きた事件では警視庁の人たちも招いて盛大に行われたのだ――のことを想像して、浮足立ちながら駅のほうへ向かっていると、プランタンの入り口から、見覚えのある人影が姿を覗かせた。

 すらりとした姿勢のよい体に、折り目正しい夏物の背広。雲のように真っ白な、頭の後ろで一本にまとめた丁寧な白髪――。そこにいたのは、テイルズ&フラッツのテナーサックス奏者、瀬尾さんだった。

 ――そういえば、この前はいなかったんだっけなあ。

 あれ以来、胃の具合が悪いと誰かが言っていたのを思い出すと、僕はほんの少しの好奇心と心配から、瀬尾さんへ声をかけてみようとした。が、こちらがウカウカしているうちに、瀬尾さんの長身は人ごみの中へと跡形もなくかき消えてしまった。

 チャンスを逸した悔しさを紛らわすべく、入れ替わりにプランタンへ入っていつものようにコーヒーをすすっていると、鞄の中へ放り込んであった携帯電話の震える音が布越しに伝わってきた。見ると、発信元は神田のジャズ喫茶で千尋さんと生バンドを楽しんでいるはずの益美だった。

「もしもし?」

 何かあったのかと思って電話に出ると、益美が一気呵成に話し出したので辟易した。聞けば、出るはずだったバンドがメンバーの急病で出演取りやめとなり、事前に買っておいたというチケットの払い戻しを受けてきたところなのだという。

「あー、そいつは災難だったなあ。で、これからどうすんだい」

 もとは公衆電話の並んでいた一角、今は通話用スペースになった場所で益美の長電話を受けていると、

「そうねえ、すっかり手ぶらだから、そっちに行こうかしら。どうせプランタンでしょ?」

「どうせ、ってことはないだろ。――あ、そうそう、近くに千尋さんがいたら代わってほしいんだ。ちょっと聞きたいことがあって……」

 思い切って、瀬尾さんの容体を聞いてみようと電話を代わってもらうと、僕は今しがた、新宿駅前で瀬尾さんの姿を見かけたことを千尋さんに伝えた。すると、

「それ、本当ですか? 瀬尾さん、土曜日から調子が悪くて、昨日の練習も休んでたんです。出歩ける程度によくなったなら、とっくに連絡が来てるはずなんですけど……」

 千尋さんの反応に、僕は何か、見てはいけないものを見てしまったのではないか、と不安な気持ちになった。考えてみると、バンドメンバーがお互いの動きを共有させていないというのは変だ。ましてや、いい年をした大人がズル休みとなれば、尚のことだ。

「――でも、瀬尾さんって昔からそういう、テキトーで、フラフラしたところのある人らしいんですよね。わかりました、バンマスに言ってこってり油を搾ってもらうように頼んでみます。ご心配をおかけして、すいませんでした」

 ものの数秒もたたないうちに、僕の下手な推理は呆気なく崩れてしまった。世の中、山藤悠一のように簡単に推理ができたら苦労しないものである。

 ほどなくして、神田から新宿へと舞い戻る羽目になった益美と千尋さんが到着した。ボーイを呼び止めて、一人がけの小さな席からボックス席へ移ると、見るはずだったバンドのことから、沼井さん経由でもたらされる最近の吹奏楽部の内情へと話題が目まぐるしく変化していった。

「間近の都大会予選に向けて、休日返上で朝早くから夜遅くまで練習してるんだそうです。一音でも外れたら、パートの連帯責任扱いでねちっこくいびられてるらしくて……。ちょっと、同じクラリネットの子たちが心配になってきました」

「そうなってくると、沼井さんも心配ね。チー姉ェ、最近は学校以外じゃ会ってないの?」

 益美の質問に、千尋さんはそうなのよ、と不安そうな顔をしてみせる。

「学校の中だと人目があるから、お弁当持って屋上で会ったり、放課後に神田まで出たりするくらいだったんだけど……。ここのとこは、メールが来る以外は、ほとんど接点がないも同然ね」

 自分の立場上、勇み足で前に出ることのできない歯がゆさを噛みしめながら、千尋さんはそっとティーカップのへりを指先でなぞる。僕や益美が想像する以上の責任感が、双肩にのしかかっているのだろう。

 ともかく、本来の介添え役である益美の再登板に多少は安心すると、他愛もない話をしてから、駅前の雑踏で僕たちは二手に分かれた。そのまま今度こそ、おとなしく家に帰ろうと一歩踏み出すと、

「あれっ、高津さんじゃありませんか」

 と、覚えのある声に呼び止められた。振り向くと、そこにはいつぞやと同じ霜降りの夏服に身を包んだ仁科さんが、社旗をひっこめた探偵社の車へ乗り込もうとしているところだった。

「仁科さんじゃありませんか、どうしてここに……?」

 近づいて興味本位の質問をぶつけると、仁科さんは嫌な表情一つ見せず、

「――僕らでちょいと、重要参考人をおっかけに出張ってたとこなんです」

 いがぐり頭の、たしか小谷君とかいう名前の社員の男の子が運転席からヒョイと顔を覗かせる。見れば、仁科さんや彼のほかにもう一人、望遠レンズのついた一眼レフをかかえた女の子も控えている。

「こら小谷、口が軽すぎるぞ。――実は、今度の鈴置さんの事件で、怪しい人物が浮上してきましてね……」

 そこまで言いかけて、突然仁科さんが僕の腕をつかみ、まるで誘拐でもするかのように車の後部座席へと引き込んだ。

「な、なにするんですか!」

 血の気に駆られてドヤす僕へ、仁科さんは申し訳なさそうに詫びる。

「すいません、ちょうどその重要人物が現れたんです。――小谷、どうなった?」

「いま、三人連れでタクシーに乗り込みました。尾行けますか」

 小谷君がバックミラー越しにこちらを見ると、仁科さんは冷静な口ぶりで、

「もちろん。気づかれないようにそっと、だぞ」

 前を走るタクシーのあとをそっと追うように、車は発進した。訳のわからぬうちに、僕は探偵社の捜査の最前線へと躍り出てしまったのだ。

「――ひとまず、関係者が離散してから、ほかの車を呼んでお送りいたします。それまではどうか、ご辛抱のほどを……」

 深々と頭を下げる仁科さんに、幾分か気持ちの落ち着いた僕は、わかりました、と諦めのついた返事をしてみせると、丁寧に洗濯のされたレースカバーの上に深々と体を預けた。


 車の心地よい振動につられていつの間にか寝入っていた僕は、寝ぼけ眼に飛び込んできた、右隣にいる仁科さんの険しい顔に思わず妙な声を上げてしまった。

「――ああ、お目覚めでしたか。よくお眠りになっていたので、そっとしておいたんです」

「それはどうも……。で、例の重要人物、どうなりました?」

 僕の質問に、どこまで漏らしてよいものかと躊躇してから、仁科さんは思い切った様子で、

「まず、成城で一人が降りました。――宮脇総裁のお宅の前で」

「そ、それって……」

「そういえば、金沢先生が探偵長のもとへいらしたとき、あなたもいらっしゃったのでしたね。-――一人っていうのは、宮脇総裁夫人のことですよ」

 知っている名前に、寝起きのけだるさが一瞬にして吹っ飛ぶ。単なる偶然の上に存在しただけの人物かと思いきや、がっちりと事件に食い込んでいたらしい。

「んで、あとは……」

「残りの二人をいま、追いかけてる最中です。あなたを引き込んだ一瞬に、うっかり見逃したんです。この暗さでは、片方の人相もよく見えませんしね……」

 今更になって、あたりが暗くなっていることに気づくと、僕は助手席のヘッドレスト越しに、郊外らしい静かな道路をひた走るタクシーのリアグラスへ視線を集中させる。

 だが、こちら側のヘッドライトが強すぎるのか、ガラスの表面でハレーションが起きていて、様子がまるでわからない。

「いま、どの辺りなんですか」

「世田谷を抜けて、もうじき三鷹に入ります。翡翠ヶ丘のほうへ出る道なりです」

 言われてみても、ほとんど土地勘のないあたりだから「なるほど、そっちへ出ましたか」などとは言えない。二十三区の内だって怪しいのに、ほかの郡市がわかるわけもない。

「キャップ、そのうちに三鷹支局の管轄に入りますよ。いっそ、応援を呼んでは……」

 カメラを構えた社員の女の子の提案に、しばらく仁科さんは考え込んでから、

「だめだ、あまり事を荒立てるとかえって面倒なことになる。このまま泳がせておこう。どのみち、帰宅ラッシュの道中にぶち当たるから、そんなに怪しまれはしないだろう」

 仁科さんの言葉通りで、車はやがて、郊外の閑静な道から一転、大型車や小型車がないまぜになっている三鷹市内の主要幹線に飛び出した。渋滞こそないが、まばゆいばかりのテールランプ、ヘッドライトで目が眩んでしまう。

「仁科さん、左折しました。住宅地のほうへ行くらしいですよ」

 ハンドルを握る小谷君が、緊張のためかやや前かがみになって報告すると、

「よし、追い越して、その一瞬で写真をおさめてもらおう。頼んだよ」

 右側に控えていた女の子が黙って顎をしゃくり、鏡越しにそれを確認した小谷君は、派手にアクセルを踏み込んだ。そして、どうにか先回りに成功して、ホシの目的地であるらしい住宅街の外れまで来ると、無茶苦茶にハンドルを切って方向転換を決めてから、いかにも用事を済ませた帰りのような体で、今来た道を引き返すのだった。

「ちょっと早く来すぎたかもしれませんね……」

 控えめに運転をする小谷君に、後部座席で腕を組んでいる仁科さんは悠々とした顔で、 

「構わん。こっちには腕のいいカメラマンがついてるんだ。ハイスピードですっ飛ばすぐらいがちょうどいいだろう」

「あっ、来ました――」

 思わず身を乗り出すと、ちょうど一軒の家の前で新宿から追いかけていたタクシーが「支払」という表示灯を光らせながら二人を下ろしているのが遠目に分かった。

「いいかっ、チャンスは一瞬だぞ――いまだっ!」

「はいっ」

 仁科さんの掛け声に、小谷君は夕暮れ時というのもわきまえずに、けたたましいクラクションを鳴らしながら全速力でタクシーの前をかすめていった。そのほんのわずかな時間のうちに、車内いっぱいにカメラのシャッター音がこだましたかと思うと、あっという間にタクシーははるか彼方に消えてしまっていた。

「――よし、このあたりで止めてくれ」

 住宅街と主要幹線の中間で車を止めると、仁科さんはリアグラスからそっと背後を眺めて、誰も追いかけてこないことを確認してから、

「どうだった?」

「バッチリとれてます。こちらに驚いて顔を向けてくれたから、言うことなしですよ」

 写真の具合を確認していた彼女につられてモニターを覗き込んだ僕は、背中を一気にかけあがる、気持ちの悪い悪寒にたちまちやられてしまった。

 そこに写っていたのは、ずいぶんと年の離れた二人連れだった。高校生ぐらいの年頃の、一見すれば孫ほどの間柄になりそうな少女と並んでこちらを見ている、見事な白髪頭の老紳士――。

 タクシーの前でクラクションに驚く、沼井さんと瀬尾さんの鮮明なツーショットが、そこにあった。


「いったい、どこからお話したらよいものでしょう。――なにせ、僕自身も今度の一件にはひどく驚いているんです」

「探偵長、この際ありのまま、一切合切をぶちまけたほうが楽なんじゃないっすか。高津さんのためにも、ねえ……」

 探偵社の応接室で、僕は悠一さんや猫目さん、仁科さんともども、ローテーブルを囲んで重苦しい空気の中に深々と身を沈めていた。仁科さんにくっついてそのまま銀座へと向かった僕は、道中に車内から送った無線で待ち構えていた悠一さんと猫目さんに、何が起こっているのか説明を求めたのだが、僕自身が事件の重要関係者だった以前の事件とは異なり、二人の口は容易には開かない。

 やがて、あるところまでの妥協点が見つかったのか、すっかり納得のいった表情で、悠一さんが閉ざしていた口をおもむろに開いた。

「きっかけは、金沢先生があのキジ羽根をもちかえった次の日に起こったんです。まだ、田谷京香という人物がこの事件とはっきりとしたつながりを持っているかどうか確定していなかったこともあって、今度の事件の実行犯にあたるような不審な人物が現れはしないかと、世田谷支部に頼んで宮脇邸を張り込んでもらっていたんです」

「すると、三日目に意外な訪問者があった。それがなんと、テイルズ&フラッツのテナーサックス奏者、そして、今度の毒入りチョコレート事件の被害者であった瀬尾義文さんだった、というわけ」

 腕を組んだまま猫目さんが付け加えると、悠一さんは一拍置いてから、

「報告を受けた時は驚きましたね。なんせ、犯人かもしれない田谷さんと、犯人を知っているかもしれない宮脇夫人のもとへ、被害者が現れたのですから……」

「んで、おまけは今日の写真さ。まさか、沼井美咲まで今度の件に噛んでたとはなあ。どうやら、鈴置さんの周辺は、底意を持ったやつらばかり、ということになりそうだぜ」

「そ、そんな!」

 猫目さんの言葉の荒々しさに僕はとうとう、いたたまれなくなって声を上げてしまった。せっかく見つかった、学校内での同好の士が、まさか自分を貶めようとしている側の人間だったというのは、いくらなんでも残酷すぎるではないか――。

「仮に、沼井さんが事件の核心に近い人間だとすると、関係者の前歴を一から洗いなおす必要が出てくるかもしれないね。――仁科くん、他の支部からもどんどん人を引っ張っていいから、徹底的に沼井美咲の背後関係と、テイルズのメンバーの前歴を洗ってみてくれ。おそらく、どこかでくっつくはずなんだ、あの二人は……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ