22・無
明たちは、城に入れなかったステンシルつきのメイド・フォマルと合流すると、魔王と軍が戦う第二王子邸宅付近まで駆けつけていた。何しろ【韋駄天】のフォトンを靴に書き込んでいるのだ。あっという間に現場までたどり着ける。
しかし、近づくにつれ、その脚の回転は鈍くなっていた。
怪獣映画さながらに巨竜が光線をまき散らしている姿に、燃え盛る街に、自然と速度は下がり、気づけば一行は立ち止まっていた。
これが現実とは思えない。
明が教科書で見た事がある、大空襲のあとの写真そっくりだった。
「地獄だ……」
思わず彼がそう呟いたのも無理のないことだろう。
だが、そんな地獄の中でただ一人、高笑いをしている男がいた。
いかなるフォトンの効果か高く宙に浮かび、喜色満面で明たちを睥睨している、オールド・フェイス。
部下の魔導師たちは、もはやほとんど残っていない。竜の首の猛攻に、次々と倒れていたのだ。
だというのに、オールド・フェイスは頬を上気させて嗤っていた。
彼は、はるか眼下の明達に気づくと、再び笑う。
「来たか! ご苦労な事だが、もう遅い! 貴様らが何を企もうと、魔王を倒したこの私こそが、真の英雄となるのだからな!」
そう言うや否や、彼は宙を駆けた。
ローブをはためかせて空を走る彼の姿は、まるで神話の英雄だった。遠巻きに彼を見つめる市民や兵士たちも歓声を上げた。
もはや怒号にも似た民の声を背に受け、一気に魔王の背後に回り込むオールド・フェイス。
「滅びろ、古き時代の遺物。我が栄光の礎となれ!」
国家主席魔導師が、ありったけの秘術を魔王の背に叩き込んでいく。
いくつかの竜の首が気づいた時にはもう遅い。
炎が舞い、風が吹き荒れ、雷が鳴り響いた。
それは百年以上前、魔王が封じられた際には、まだ発見されていなかったフォトン。
世界中から盗み出した秘術の結集。
必勝を期して、放たれたもの。
小国ならばそれだけで落とせるほどの魔法の雨霰。
しかし――
「……は?」
オールド・フェイスは、思わず間の抜けた声を漏らした。
魔王の肉体は、全く傷ついていない。
「そんなことがあるはずが……! 過去に魔法で封じられた魔王がなぜ、フォトンを受け付けない! そんなわけがあるか!」
取り乱して叫ぶオールド・フェイス。
しかし、彼の目に映った「あるもの」によって、今度は絶句した。
「フォトン……だと?」
彼の攻撃を受けて振り返った魔王の胴体には、月のように煌々と輝くフォトンがあった。
しかもそれは、「サイレンスサークルの描き出す文様」と全く同じものだった。
すなわち――
「まさか、【魔法無効】か!?」
オールド・フェイスの顔面が、絶望の色に染まる。
一瞬にして脂汗が噴き出し、その全身が震えだす。
酸素の足りない金魚のように口をぱくぱくさせながら、空中を後ずさる。
が、それをぎろりと睨む黄金の光が二つ。
竜の首が、その喉の奥に赤い火をちろちろとはためかせながら、ゆっくり持ち上がっていた。
「逃げろ!」
思わず明は叫んだ。
だが、オールド・フェイスは動くことなく、生気の抜けたような顔を明に向けると、笑った。
『LAAAAAAAAAAAA!!』
直後、その姿が炎の中に消えた。
まるで火山が横に倒れてきたかのような、すさまじい熱線であった。
炎がかき消えたときにはチリ一つ残っておらず、ただ高熱で陽炎がゆらめくだけ。
市民の絶叫が、ローマンの町全体を激しく震えさせた――




