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23・書道部とゴシカ

 魔王は、邪魔な兵士たちを蹴散らすと、鈍重な足取りでローマンの街を蹂躙していく。

 行動に作為は感じられないが、それは無差別爆撃と変わらない。

 このままでは一時間も経たないうちに、ローマンは更地になるだろう。

 その蹂躙を、ステンシルとゴシカもまた絶望的な瞳で見つめていた。

「そ、そんな……魔法が効かないなんて……」

「それにあれは、サイレンスサークルと同じフォトンなのよ……! どういうこと……? 魔王は魔法で封印されていたはず……まさか……過去に戦った際に、サイレンスサークルのフォトンを覚えたということ……?」

 ステンシルの顔色は、完全に血の気が引き、蒼白と言っていい。

 魔法が通じない以上、もはや封印も出来ないということだ。

 それでも、逃げなかった。

 魔王をにらむのをやめなかった。

「何とかして止めないと……! こうなったら、直接攻撃であいつを叩くのよ!」

「……はい!」

 ステンシルとゴシカは、武器を握り直す。震えを抑え込むように、両手で。

 今はたまたま足元の小虫くらいにしか思われていないが、攻撃を加えれば即座にあの火力で襲ってくるだろう。

 二人の足は、震えていた。

「さぁ、魔王を倒しに行きましょう! アキラどの!」

 だが明は――

「違う」

 そう、はっきりと言った。

 自分で口に出して、気付いた。

「え?」

 ゴシカが不思議そうに明を見つめる。

 それはそうだろう、と彼は思う。

 「魔王を止めないと」と言った本人が、違うなどと言いだしたのだ。

 困惑するのは当然である。

 いや、言ったかどうかは問題ではない。人々が苦しみ、多くの犠牲者が出続けている今、動かないという選択肢はないはずだ。

 そうゴシカの目が言っている。

 ――でも、やっと気づいたんだ。

 今日ずっと感じていた違和感に。いや、もっと前から無意識に感じていたものに。

 ――俺はなんて鈍くて、バカだったんだろう。

 この期に及んで、まだ他人から良く見られようとしていないか。

 ――俺は、真面目だ。

 だが、聖人君子じゃない、とも思う。

「……ゴシカ、君はなぜ、これを止めようと思う?」

「えっ? だって、放っておいたら、街がめちゃくちゃになるじゃないですか! いや、それどころか世界も……」

 うん。それは正しい。

 だけど――

 ――俺は違う。

 違う世界から来た明には、どうしてもそこまで世界を守りたいという気持ちが生まれない。

 今でも、夢の中にいるみたいな現実感のなさだった。

 ゴシカやステンシルのように、実際に世話になった人たちは守りたいと思う。

 ――だけど、世界って言われても困る。

 自分はたぶん、楽しくやっていきたい人間なんだと思う。

 競うのが嫌いなのも、その結果で、誰かが悲しむからだ。

 悲しい人を見ると、「自分が」楽しくなくなる。

 だから、狭い範囲でしか生きられない。

 それが、明という人間だった。

「どう……されたのですか?」

 うつむく明の姿に、ゴシカが心配そうにのぞきこんできた。

「……」

「まさか……街を救わずに逃げるつもりでは……ないですよね?」

「俺は……」

 自然と声が出ていた。

「俺は、戦うのが嫌いだ。争うのが嫌いだ。競うのが嫌いだ」

 何かが堰を切ったように。

 ゴシカが息を飲む。

「対戦相手の事ばかり気になって、勝っても楽しくないからだ。相手が俺に全力を出してぶつかって欲しいことくらいわかってる。でも、ダメだ。俺には向いていない。オールド・フェイスのように誰かを虐げてでも、陥れてでも、それでも勝ちたいなんてさらさら思わない」

 魔王の竜首が咆哮を上げているが気にならない。

「でも――」

 だからこそ。

「楽しくありたい」

 誰かの為になんて、おためごかしはしない。

「自分が「楽しくある」ために、こんなものは認めない!」

 見せてやる、と明は拳を握りしめる。

「俺は、自分に合った道を進みたい」

 誰より遠回りした自分が、やっと見つけた道。

「俺の書をみんなに見てもらいたい! 見た人の心を震わせたい!」

 その邪魔はさせない。

 主席魔導師だろうが、魔王だろうが、知った事じゃない。

「俺の楽しいと思う事を、勝手にやってやる!!」

「アキラ殿……いったい何を……」

「心配するな。逃げやしない」

 ただ――

「見せるだけだ。俺の書を! あの、魔王にも!」

 胸を張って、一歩を踏み出す。

「おおおおお!」

 その見得に、全身を震わせるゴシカ。

「ならば、私があなたを守る! 行きましょう!」

「逆だ」

「え?」

 気合十分のゴシカの顔が、あっけにとられる。

「俺がゴシカを守る」

「えっ!?」

「俺がありったけのフォトンでゴシカを援護する。出し惜しみなしで、魔王に見せつける。だから、その間に、魔王の腹のフォトンを、ゴシカの剣で切り裂いてくれ」

「……!」

「そうか! あのフォトンさえなければ、魔法で封印できるのよ!」

 さっきまで震えていたゴシカの体は、もう微動だにしていなかった。

 それは、覚悟が定まったからではなく――

「わ、わかりました……」

 むしろあまりにも現実離れしていたからだろう。

 魔王と戦う偉大な判士になるというおとぎ話のような夢が、突然叶うチャンスが来たのだから無理もない。

 まるで雲の上でも歩いているかのようにふらふらと歩き出した彼女の、その肩を明が掴んだ。

「待った。落ち着いて。はい、深呼吸」

「え? え?」

「いいから深呼吸」

「は、はい……すぅ~はぁ~すぅ~はぁ~……」

 言われるがままに深呼吸するゴシカ。

 その鎧に、ペンでいくつもの漢字を書きこんでいく。

 【剛力】【俊足】【鉄壁】【火炎無効】【耐衝撃】……思いつく限り書き続ける。

 実際にどの程度通用するかはわからない。

 魔法が世界に対する交渉ならば、魔王の交渉力によっては打ち消されるということがあるかもしれないのだ。

「落ち着いたか?」

「……はい」

 その声に、震えはなく、また浮ついた色もない。

「自信を持てとは言わない。無理するなとも言わない。だけど、これだけは言える。あとは俺が何とかする! 好きにやってくれ!」

「……はい!」

 ゴシカの顔が、輝いた。

 そして拳を突き出す。

 明は、その拳に拳をぶつけた。

 この世界にも、そんな風習があるのかは知らなかったが、自然と体が動いていた。

「ふふっ」

「ははっ」

 笑みも、同時にこぼれた。

「……あのね、だからイチャつくのは後にしてほしいのよ」

 二人を傍から見ていたステンシルは、そうつぶやいた。その肩をフォマルが叩き、優しく首を横に振るのだった。

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