17・仕切り直し
「そういうことだったのよ……」
神妙な面持ちで呟くステンシル。
明は、館の中にいた。少々古びた館ながら、もともとの作りがしっかりしたものであり、手すりや照明の装飾は細緻である。
そんな館の応接間は、壁にトナカイに似た偶蹄目の頭がはく製として飾られ、脚がS字にカーブした豪奢な白亜のテーブルが置かれ、まさに貴族の部屋といった佇まいであった。
当然、そんなところに通されて落ち着ける明ではなく、所在無げにしていた。
その様子を見て、喉が渇いていると勘違いしたのか、メイドが現れてお茶を注いでくれた。
メイドの衣装は、欧州のそれと似たワンピースタイプにエプロンで、白と黒を基調としたシックなものなのだが、丈は短い。この辺りは、こちらの世界の貴族の趣味なのかもしれない。
そんなメイドは、年齢は日本ではまだ働いていないであろう十三、四であり、ひよこ色のふんわりした髪を目が隠れるまで伸ばしており、また、一言も発しないので、物静かな印象であり、実際、明も茶を渡されるまで存在に気づいていなかった。なお、お茶はやたら苦かった。
彼女の他に使用人の姿は見えないが、館の外観が荒れて見えたのも人手が足りないのかもしれない。
部屋の中には、明とステンシル、そしてそのメイドの他にはいない。
「それでゴシカは?」
「そ、それが、ゴシカは『アキラ殿を探しに行く、行かねば喉を突く』なんて言うのよ。だから……」
「……だから?」
「そこのフォマルが当て身を食らわせたから、今もまだ寝てるのよ」
指されたメイド――フォマルが、恥ずかしそうに顔を隠した。もともと髪でほとんど表情は見えないが、それでも恥ずかしいらしい。
ゴシカを留めた判断は正しい。
フォトンシーフがどんな術を使ってくるかわからない以上、下手に動けば人質にされてしまうだろう。
だが、素人目に見ても凄腕に見えたゴシカを気絶させるなど、このフォマルとやらはいったい……
明が怪訝な表情で見つめると、また勘違いしたのかお茶を注いできた。苦いのを。
「とりあえず、ゴシカは大丈夫なのよ。それより、貴方の言っていたことが真実なら、大変なのよ」
「だが、真実だ。フォトンシーフの正体は、オールド・フェイスだった」
応接室の空気が重くなる。
「……信じられない。オールド・フェイスは、英雄なのよ。最年少で国家魔導師になった天才……」
でも、と続ける。
「確かに、天才すぎる。あの年でハンドレッドウィザードと呼ばれるほど、フォトンを操れるのは、不自然なのよ。もちろん、フォトンシーフだと疑われた事はあったし……でも、その度に彼にはアリバイがあったのよ」
「それが出来るフォトンを持っているということか」
例えば、【影武者】だとか【幻影】だとか……アリバイ偽装に使えるフォトンがあっても不思議ではない。
「彼を貶めようとしている誰かによる変装というのもなくはないが……」
「それに関しては、わたくしに考えがあるのよ。あぶり出す策がね」
ステンシルが胸を逸らせて不敵に笑う。本人の纏っている高貴な雰囲気とは異なる、三下感溢れる笑いだった。
「ところで……」
「ん? どうしたのよ」
「いや、何というか、呼ばれたから入っては来たものの……よく考えたら、俺はあなたのことよく知らないなと思って……」
ステンシル・ラ・カリギュラ。
この国の王女であり、婚約者が次々変死した『呪われた王女』という異名を持つ。
そして、フォトンシーフと間違え、明を襲撃して来た。
よくよく考えてみれば。
それは味方と言えるのか……?
それを指摘してみると――
「う……! そ、その件は忘れてほしいのよ!」
ステンシルが耳まで真っ赤にしてうつむくと、フォマルが明の肩に手を置き、首を左右に振った。表情が見えないので、彼女の意図はつかみにくいが、追及しないようにという意味だろうか。
「……いえ、わたくしはいやしくも王女! さあらば、自らの恥を認め、潔く頭を垂れるべき!」
まるで、舞台女優のように語りだすステンシル。オペラの観劇が好きなのかもしれない。なんにせよ、どんどん自分の世界にのめりこんでいくのが、傍から見ていてもわかる。
きっと、明を襲撃した際も、こんな風に自分で盛り上がっちゃったのだろう。
「すまなかったのよ、アキラ! わたくしは、「呪われた王女」の屈辱を雪ぐべく、フォトンシーフをとっつかまえようとしたのよ! でも、思いっきり間違えてしまったのよ! ごめん!」
「あ、ああ……」
テンションが上がりすぎて、口調もめちゃくちゃだが、王女ともあろう者が頭を下げている以上、その謝意は本当だろう。
そもそも明も怒っていないのだから、素直に謝意を受け取ることにした。
「ところで、サイレンスサークルだったか、あの剣はいったい……」
その言葉を聞いたステンシルは、テーブルの下から、鞘に入ったままのサイレンスサークルを取り出した。壁に蜘蛛の巣のようなもので縫い付けられていたが、ちゃんと引きはがしてきたらしい。
「サイレンスサークルは、古えより伝わる聖剣なのよ。選ばれしものにのみ扱え、あらゆる魔法を打ち払う聖なる剣……」
「古え? しかしあれにはフォトンが刻まれていたが……」
発動に際し、刀身に刻まれたフォトンらしき文字が輝いているのを明は見ていた。
「ええ。そもそも、フォトンは、サイレンスサークルの研究から生まれたものなのよ。……正確には、「発見」になるのかしら」
かしら、と聞かれたフォマルが無言で頷く。
「サイレンスサークルには、魔唱――呪文により発動する魔法ね――の効果を、無効化する力があったのよ。それゆえに、聖剣として伝えられてきたわ。もしこの剣が無ければ、魔唱族に人類は滅ぼされていたかも……なんて言われているのよ」
魔法を打ち消す力、確かにそれは明も目の当たりにしている。
フォトンシーフが真っ先に剣を封じたのも、それが理由なのだろう。
実在する、おとぎ話の剣。おそらくはこの世界でもっとも有名な武器。
「刀身に刻まれた文様が、発動の際に輝くのを見た、かのブラックレター大導師が、魔力とフォトンの等価性を発見したのよ」
かの、と言われても明はピンとこないが、脳裏に浮かんだのはアインシュタインの顔写真であった。
「そうだ、ちょっと聞きたいことがあった」
「聞きたいこと?」
「実は、舌でフォトンを書いたら、発動したんだが……」
「え? ……は?」
アメリカのホームドラマのように、眉を引き上げ、ぽかんと口を開けて固まるステンシル。
「そんなことでき……できるのよ?」
「誰も試さなかったのか?」
「試すも何も……創世神話では、神は親指で土を作り、人差し指で火を、中指で水、薬指で風、小指で光を造ったとされているのよ……指以外でなんて……」
「そういう、ことか……」
宗教に根差した先入観から、気づかなかったのだ。
古代ギリシアの時代にもうわかっていた地動説が、中世ヨーロッパで否定されていたように。
「フォトンの発見は、神話の正当性を証明したとして、ブラックレター大導師は法王からも激賞されたのよ……それが……舌でなんて……」
頭を抱えるステンシル。
彼女にとっては、まさに天動説が地動説に塗り替えられたに等しい瞬間なのだろう。
と、そこに、ドタドタドタと戦場がごとき足音が近づいてきた。
音の主はその勢いのまま、ドアを突き飛ばすように開く。
「どういうつもりです!!」
開いたドア、そこに屹立していたのは、銀髪赤眼の少女。
強制的に着せられたのであろう、ドロワーズにも似たふわふわのパジャマは、殺気だった表情とあまりにも不釣り合いであった。
「いかな姫とて……ん?」
と、その顔が、固まる。
やや間があって、急にその表情がほどけていく。
「アキラどのぉ~~~~~~っ!!」
端正な顔をぐしゃぐしゃにして、それでいて鍛えられた鋭いタックルの体勢でゴシカが突っ込んできた。
「ちょっ……!」
明の反射神経で避けられるものではない。
椅子から立ち上がるのがやっとで、次の瞬間には赤絨毯に押し倒されていた。
「アキラどの、アキラどのお!」
涙と鼻水で、子どもの泣き顔そのものだ。
よほど心配したのだろう。それが、あまりにもストレートに伝わってくる。
「心配しましたよぉ! も~! ちぇいさー!!」
明は、どうしていいかわからず、倒されたまま彼女の頭を撫でていた。
ゴシカの柔らかさがダイレクトに体に伝わって来るが、ここまでの泣き方をされては、いかに健全な男子高校生とはいえ、邪な感情どころではない。
ただただ、時間が流れていく。
やがて、ゴシカが泣きやんだ頃――
「オホン……そろそろ作戦の話に入らせてほしいのよ」
とても気まずそうに、ステンシルが呟いた。




