14・フォトンシーフ
フォトンシーフ。
フォトンを奪うもの。正体不明の怪盗。
「な、な……よくも堂々と姿を出せたのよ!!」
「おかしいとは思わなかったのか? 上でこれだけ大騒ぎをしておいて……」
と、壁の大穴を顎でしゃくって示す。
「警備の者が全く上がって来ないのを……」
「……っ!」
言われてみればその通りだった。
壁に大穴を開けたステンシルの暴走、そして彼女とゴシカとの争いは、金属と金属がぶつかる激しい音をかきならしていた。
下にもその音が響いているはずだ。一階には警備の兵士たちが若干名詰めている。
あれだけの音がして上がってこないはずがなかった。
「な、何をしたのよ……」
青ざめたステンシルは、絞り出すように言った。
「そう野蛮な想像をしないでくれないか……少々お眠り頂いただけだ」
くつくつと笑う。
その言葉が本当なのかどうかなど、判断がつかない語調だ。そしてそれを楽しんでいるようでもある。
「そんなことはどうでもいい。さぁ、アキラと言ったか。君のフォトンの奥義書を頂こう」
ずい、と前に出るフォトンシーフ。
「そんなものはない」
「ほう? だが、それが真実かどうかはどうでもいい。頭の中にしか秘儀を記さぬ者からも、私は奪って来たのだから」
「王女! 俺の後ろに下がっていろ!!」
「えっ?」
「早く!」
その返事を待たず、王女の前に明が立った。
「もっと後ろへ!」
明に気圧されて、よろよろと王女が下がる。
結果的に、明とゴシカが並び、フォトンシーフと向き合う形となった。
間合いは1メートル強。すなわち、ゴシカが剣を振れば当たる距離だ。
「先に言っておくが、剣での攻撃は無意味だ」
「なに……?」
ゴシカが先ほどから大人しかったのは、相手の隙を図っていたからだろう。
フォトン使いは、一瞬で魔法を発動させられるからこそ、剣士のような職を駆逐した。
とはいえ、ここまで間合いが近ければ話は別だ。
相手が文字を書くよりも、剣速が速ければいい。
「このローブの下には、対剣フォトンを書きこんであるということだ」
「ちぇいさーっ!!」
聞くや否や、ゴシカは剣を打ち込んだ。
まともにフォトンシーフの肩を薙ぐ一閃。
が――
「!?」
激しい金属音とともに、剣は半ばから折れ、剣先側がそのまま天井に突き刺さった。
明は突然のことに全く対応できず、目をむくばかりである。
「ほう、なかなか思い切りがいいな。いきなり試してみるとは。だが君は危険すぎるな」
半ばから残る剣を構えなおそうとしていたゴシカ。
その懐に滑るように黒い影が移動した。
明が割り込むヒマすらなく、パリッと何かが弾ける音がした。
「かっ……は……」
それは電撃だった。
男の、いかなる行動によってか、ゴシカが雷に撃たれたように体を跳ねさせ、そのまま倒れこむ。
「ゴシカ!」
「安心しろ。殺してはいない」
明が首元を触ると、確かに脈はあった。落雷で心停止になる話を、明も聞いたことがあったが、それよりは電圧も低いのだろうか。
「君も抵抗しないでもらいたいが、どうだ?」
「……」
「わかった……」
「ほう、これは肩透かしだな。私も殺しはあまり好きじゃない。面倒にならずに助かる」
後ろでステンシルが「なんでなの!?」と叫んでいるが、明にしてみれば当然の選択だった。
そもそもが一般人である彼は、護身の基本として、強盗の言うことにはとりあえず従う、というセオリーを知っている。
かつて中学時代の海外遠征の際に、コーチから口を酸っぱく告げられていたことだった。
それに、倒れたゴシカを守りながら戦うというような、高度な戦闘技能などない。
「いつまでもここにいるわけにもいかないんでね、アジトへ運ぶが、その前に一度眠らせる。いいな?」
「ああ」
「ちょ、ちょっと、待つのよ!!」
ステンシルが壁に張り付いた剣を必死で引きはがそうとしながら、フォトンシーフをにらみつけるが、男は面倒くさげに手を振った。
あるいは、それはその突き出した右手に意識を集中させるブラフだったのかもしれない。
その影で、左腕がかすかに動いていた。
直後、もうもうと煙が上がり、明とフォトンシーフの姿を覆いつくした。
米のとぎ汁のように濃い自然ならざる煙は、その場に滞留する。
「ま、待てって言ってるのよ!! もうっ、こんなことならフォマルを連れてくれば……」
王女の声は、果たして煙のスクリーンの向こうに届いたのか?
いずれにせよ、煙が晴れたとき、そこには誰もいなかったことだけは確かだった。




