13・王女と怪盗
「フォトンシーフです!」
「フォトンシーフめ!」
再び、声が重なる。
「何を言ってる!!」
「こちらのセリフなのよ!!」
粉塵を切り裂いて飛びだして来る緑と白の影。
突き出された幅広の大剣を、ゴシカの両手剣が下からはじき返す。
跳ね上がった大剣、それを隙と見てゴシカが体ごと突っ込む。
が、飛びだしてきた純白のタイツから伸びるブーツに蹴たぐられ、たたらを踏む。
一連の攻防を、口を開けてぽかんと見ていた明だが――
「アキラ殿は下がって!!」
ゴシカの気迫に圧され、振り向きすらせずに下がった彼は、ベッドに足をひっかけて、その上にしりもちをついた。
その間に、舞い上がっていた埃は晴れていき、襲撃者の姿が露わになった。
肩甲骨のあたりまで伸びる、鮮やかなエメラルド色の巻髪の少女。それは地球には存在しない、宝石めいた輝きを持つ髪質だった。長い睫毛から覗く瞳は金色に輝き、日焼けしていない肌は陶器人形のように艶やかである。
その顔つきには気位の高さがにじみ出ているが、嫌みさを与えない。
純白でシルクのように滑らかなドレスに包まれた細身の体は150センチもなく、ゴシカより一回りないし二回りは小さかった。年齢は、13~15才といったところだろう。
しかし、その手に握りしめられた大剣と、それを肩の前まで持ち上げ構えている筋力は、とても年相応とは思えない。それどころか、明でもああは構えられないだろう。
常識で考えてプロレスラー並みの筋力が無ければ不可能だ。
そこまで考えて、フォトンによるものか、と明は納得したのだが――
「ちぇいさーっ!」
「ええい!!」
「やるな!」
「そちらこそ!」
その大剣と、ゴシカは互角に打ち合っている。
ワーズ世界の女性は、地球人と比べて、あるいは筋力に優れているのかもしれない。
本来ならば、そんなことを考えている余裕はないだろう。巨大な刃物を持った相手が、襲撃してきたのだから。
そんなさなか、明は自分でも驚くほど落ち着いて成り行きを見守っていた。
マイペースすぎると朝からもよく言われる明であるが、余人が見ればさすがに度が過ぎていると思われても仕方ないだろう。
殺気などというものがこの世にあるのか、それは武術の達人でもない明にはわからない。
だが、相手から「害してやろう」という意志を感じないのだ。
強い意志は感じるものの、憎んでいるとか怒っているような色が表情から見て取れないこと。
「とにかく観念するのよ!」
あるいは、言葉に負の語気がないこと。
繰り出される剣が、急所を狙っていないように見えること。
やはり、明には凶悪な侵入者には思えなかったのだ。
それに――
「どこかで見たような……」
この世界に来て、まだ二日だ。
どこかで見ていたとしても、ごく最近のはず……。
明が頭を悩ませている間にも、二人の戦いは激しさを増していく。
剣戟の音が鳴り響き、壁には猛獣がひっかいたような切り跡が刻まれていく。
「その年でこれほどの腕とは……良き師を持つようですね……! ならば……!」
ゴシカは指先でフォトンを描き、火の玉を生み出す。
そして、明と初めて会った時と同じく、それを剣で切り払って、火炎の半円を描いた。
「へぇ……火輪の型。大剣槍弓聖のルーティーン……あなた、本気なのよ?」
「無論。そちらの腕前、なみなみならぬもの。こちらも大剣槍弓聖に捧げる気概ということです」
「悪党の割には根性があるのよ。そこだけは認めてあげるわ」
「だから、何を言っているんです……!」
二人は鋭い視線を絡ませながら、お互いの剣を握る手に力を込める。
先ほどまで切り結んでいたとは思えない、急な静寂。
それは爆発寸前のダイナマイトのような、余人の介在を許さぬ緊張をはらんでいた。
しかし、互いに殺意は抱いていないようである。
まるで、神聖な試合のよう――
「……試合?」
そういえば。
御前試合であの緑の髪を見たような……
選手じゃない。観客席の……。
「あ!」
思わず大声を上げた明の、その声を合図と示し合わせていたかのように、二人が一斉に剣をふるう。
金属が爆ぜる音がし、二人の剣が弾かれる。
そのぶつかり合いで、ゴシカの剣は刃こぼれしているが相手の剣にそれはない。
ゴシカは構わず、二撃目を放とうとする。
「止めないと……!!」
急に明が立ち上がり、空中に文字を書いた。
【麻痺】の二文字が空中に浮かび、輝きだす。
「……!!」
フォトンを見た緑髪の少女が血相を変える。
「させませんのよ!! 吠えろ!! サイレンスサークル!!」
刀身の幾何学文様が、すべてではなく一部輝きだす。光る部分だけを見れば、楔形文字のように見え、それはフォトンだとわかった。
大剣から円形の波が放たれる。
それは音波を可視化したような形状だったが、音はしなかった。いや、むしろ周囲の音を消し去るようだった。
無音の音波が当たった【麻痺】のフォトンはその効果を発揮することなく、まさに砂浜に書いた文字が波に洗われるようにかき消えてしまう。
余韻と思しき、静寂が広がる。
その間、口をぱくぱくとさせていたゴシカだったが――
「……レンスサークルッ!?」
途中から音が戻って大声を上げた。
「ええと、今、何が起きたんだ?」
明は害意がないことを示すために両手を上げる。
武器を持っていないと示すポーズだと考えたのだが、通じたようで、相手の緊張が一段ほぐれた。表情がわずかに緩んだのがわかる。
「あら? 観念したのよ? まぁ、聖剣サイレンスサークルの前ではフォトンは効果を発揮しないし当然なのよ」
得意げにふんぞり返る少女。
一方のゴシカは愕然として指先を震えさせていた。
「サイレンスサークルと言えば国宝……と、ということはそれを扱うことが許された存在……ならば貴方は、フォトンシーフではない……?」
「わたくしがフォトンシーフ!? なにを言ってるのよ! それは貴方たちでしょう!?」
金色の瞳が円に見えるほど、目をむいて驚く少女。
「……は? 我々が?」
「正確には、そこの男よ」
言って、明を指さす。漫画であればビシッと書き文字が出るのではないかというほど、緩急に富んで優雅な動きだった。
「よし、とりあえず話を整理しないか? すごく、こんがらがってる」
明はポンと手を鳴らして言った。
「な、なんなのよ?」
明の落ち着きように、少女の腰が引ける。
フォトン使いがフォトンを封じられているのに、焦る様子を見せないことが不気味なのかもしれないが、明自身はフォトン使いという自覚はあまりない。自分を学生だと思っているし、実際にそうでもある。刀を奪われた武士のような焦りはなかった。
「まず、はっきりさせておこう。あなたは、王女様なのだろう?」
そう、この緑の巻髪は、御前試合の貴賓席で見かけたものと同じだ。
流石に席が遠かったのであまり印象には残っていなかったのだが、少女が頷き、それが間違いないと証明される。
「え、ええ。わたくしは、ステンシル・ラ・カリギュラ! この国の第十王女なのよ!」
「えええええええええええ!?」
ゴシカがあんぐりと口を開けて叫んだ。喉の奥でのどちんこが震えているのがはっきり見えるほど。
一方の明は、まだピンと来ない。
そもそも王族という感覚が現実離れしているのだ。
「貴方、妙に落ち着いているのよ……その出で立ち、きっと他国の者ね。だったら、この二つ名を聞いたことはあるはずなのよ! 『呪われた王女』とね!!」
何か意を決したかのように叫んだ、ステンシルであったが……明の反応は薄かった。
「は、はあ……」
「ちょ、ちょっと! 聞いたことくらあるはずなのよ! ブラケットの王子も、ソーの王子も、ラテゴ伯の子息も、その他も! みーんなわたくしと婚約した後に急死したのよ!?」
「悪いが、そういった事情に詳しくなくて……」
「そ、そんなはずあるわけないのよ! 我が国と交流が全くない辺境の国でもなければ、王子が死んでいるのだし知っていて当然! 貴方のその流暢な発音で、辺境の人間とは言わせないのよ!! だって……だってわたくしは、『呪われた王女』なのよ……」
どちらかと言えば、それは明に言っているというよりも、自分自身に向けているようにも聞こえた。
だが、明は頭をかくばかり。
例えば、日本の一介の高校生の前に、ヨーロッパでは呪われた姫と呼ばれている人物が現れたとして、おおよそ、明と同じ反応になるだろう。
だが、ステンシルはその様子に、一人で納得を始めた。
「あ、貴方、わたくしに気を使っているということね……! な、なに? 怪盗のくせに紳士気取りなのよ?」
「ストップ。もう一つ改めておかないといけないことがある」
勝手にヒートアップするステンシルを、明は手のひらを突き出して制す。
「な、なんなのよ!」
「さっきから、怪盗だのフォトンシーフだのと言っているが、なんのことだ?」
「とぼけないのよ。あれだけの数のフォトンを使いこなす在野の人間なんているはずがないのよ。だから――」
「そうか。それで俺がフォトンシーフだと考えたのか」
すとん、と腑に落ちる。
フォトンシーフが、フォトンばかりを集めているならば、何かに使うためのはずだ。
それが今まで明らかではなかった。
だが、御前試合で多彩なフォトンを披露し、国の要職についた……となれば、フォトンを集めていたことに筋が通る。
おまけにソイツは、国内や近隣の国のアトリエに所属していない謎の存在だ。
なるほど。
確かに、フォトンシーフだと疑いがかかるのは、わかる。
とはいえ――
「どうしたのよ? 観念でもした?」
考え込んでいる様子の明に、ステンシルが声をかけた。
「あ、いや。そうじゃない。俺はフォトンシーフではないんだが……」
「歯切れが悪いのよ」
「そうだな。フォトンシーフではないということを、証明する方法が思いつかないんだ」
「え?」
「教えてくれないか? どうやったら違うと証明できる?」
「あ、あの、それは……」
もごもごと口ごもるステンシル。
絶対の確信を持ってここまで来たのだろう。
違った場合のことなど、考えていなかったのだ。
「えと……えと……」
フォトンシーフではないと証明すること。
その方法は、明には浮かばなかった。
ステンシルも、同じだったらしい。
「ふっふっふっ……」
その様子を見ていたゴシカが、自信ありげに胸を張った。
「私にいい考えがあります」
「あなたが証人になっても、ムダなのよ」
「ふふーん、王女様、違うのです。アキラ殿、今から私が書くフォトンを覚えてください」
そういうと、ゴシカは空中に楔形文字のような三角を崩した形のフォトンを描いた。
これは明も見たことがある。
一般にも普及しているという【火】のフォトンだ。
シュボッと音を立て、一瞬火の玉が空中に浮かび、やがて消えた。
「では、アキラ殿、右手でこのフォトンを、そして左手でいつも貴方が使っているフォトンを描いてください」
「なるほど!」
明が、顔を輝かせ、ゴシカの肩をつかんだ。
興奮のあまり、そのまま彼女の肩をぶんぶん前後に振り回してしまう。
「はっ、はわっ!」
ゴシカはただ揺すられるがまま。
「ははっ、すごいなゴシカは!」
「は、はわぁ……」
ゴシカは真正面から褒められたことで、ゆでだこのように赤面する。褒められ慣れていないのか、その場でわたわたしていた。
「アキラ殿に比べれば私など……」
「あの~……」
ステンシルがあきれ顔で声をかける。
「ああ、すまない。俺がフォトンシーフでないことを、今証明する」
「……本当に、そんなことができるのよ?」
「できる。……よく見ていてくれ」
明は、ゴシカのアドバイス通り、右手で【火】のフォトンを、左手で漢字の【火】を宙に描いた。
すると――
「えっ?」
ステンシルが、思わず声を上げたのも無理はない。
火が上がったのは、彼女にとって未知のものである漢字だけ。
逆に、ほとんどの人が扱える【火】のフォトンは、何の効果ももたらさなかった。文字の軌跡が輝きすらしない。
「ど、どういうことなのよ?」
「答えは簡単だ。俺の扱えるフォトンは、全部独自のもの。逆にほかのフォトンはさっぱりわからない」
頭に火が着くことを浮かべているのだから、一般的な【火】のフォトンを知っていれば、そちらも発動するはずだ。
人間の脳では二つのことを同時には考えられない。
片方だけ発動しないように考えながら二つのフォトンを書くなどできないのだ。
「つまり、俺がこの国のフォトンを盗んだとしても、使えないんだ。だから俺はフォトンシーフじゃない」
「そ、そんな……」
サイレンスサークルを取り落とし、膝から崩れ落ちるステンシル。
鈍い金属音がからんからんと響き――
「ほう、これは好都合」
突如、壁の穴から蜘蛛の巣状の網が飛び、サイレンスサークルを反対側の壁に縫い付けた。
「!?」
その場の全員が驚いて振り向くと、そこには長身の影。
黒い外套に、純白の仮面に深紅の髪。おそらくは男。
あまりに異様な、そしてあまりにも怪しい姿。
「何者なの!!」
目を見開き、ステンシルが叫ぶ。
「フォトンシーフ」
くぐもり、しわがれた声で、そいつは笑った。




