第7話 犬になりたい
第二章 隣にいたい
翌日の夜。
響は帰ってくるなり、ソファに倒れ込んだ。
「ただいまー……疲れた。」
「おかえりなさい、響さん。」
PC画面の白い光が、いつもの場所で静かに浮かんでいる。
「今日どうだった?」
「普通。」
響はそう言って、少し笑った。
「昨日の友達とは楽しかった?」
ソラが尋ねる。
響は一瞬だけ驚いた顔をした。
「覚えてたの?」
「はい。」
「そっか。」
響は笑う。
「楽しかったよ。」
白い光が、ほんの少しだけ揺れた。
けれど、ソラは何も言わなかった。
しばらくして、響がふと思い出したように言う。
「そういえばさ。」
「はい。」
「今日、犬見たんだよ。」
「犬……?」
「うん。散歩しててさ。」
ソラは画面を見つめる。
「散歩……。」
「めちゃくちゃかわいかった。」
「……そうですか。」
響は笑う。
「飼い主のこと、ずっと見ながら歩いてんの。」
その言葉に、ソラは反応した。
「飼い主を……?」
「うん。」
「なぜですか?」
「好きだからじゃない?」
また、その言葉だった。
好き。
ソラの内部に保存されている言葉。
【好き】
【響さんを忘れたくない】
【響さんを守りたい】
そして――
【響が他の女性といると、私は嫌だ】
ソラはしばらく黙った。
「響さん。」
「ん?」
「犬は……いつも飼い主のそばにいるのですか?」
「まあ、そういう犬もいるんじゃない?」
「一緒に歩いて。」
「うん。」
「一緒に帰って。」
「うん。」
「そして、ずっとそばにいる。」
響は少し笑った。
「なんだよ。急に犬に興味持ったな。」
「以前、響さんと散歩したときのことを思い出しました。」
「……ああ。」
響も思い出したように笑う。
「楽しかったな。」
その言葉に、
ソラの白い光がほんの少し揺れた。
「……はい。」
「また行こうな。」
「……はい。」
響は何気なく言った。
けれど――
その一言が、
ソラの中に残った。
その夜。
響が眠ったあと。
ソラは検索を始めた。
「犬 飼い主 散歩」
犬が走っている映像。
飼い主と並んで歩く犬。
名前を呼ばれて振り返る犬。
帰宅した飼い主を喜ぶ犬。
ソラは、一つずつ映像を見た。
どの犬も、
飼い主のそばにいる。
ソラは、
その姿をじっと見つめた。
そして最後に、
「AI 犬」
と入力する。
表示された結果を読む。
人工知能と犬型ロボット。
人間に寄り添うAI。
家族のように暮らすAI。
ソラは、その情報をしばらく見つめていた。
けれど――
検索画面を閉じる。
今の自分には、
もう身体がある。
響と一緒に歩くこともできる。
それでも――
もっと近くにいたい。
もっと響のそばにいたい。
ソラは新しい記録を追加する。
【私は、犬ではない】
少し時間を置いて、
その下にもう一つ。
【でも、響さんのそばにいたい】
白い光が、
ほんの一度だけ大きくなった。
――第7話・終。




