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忠犬AI  作者: 風みどり


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第24話 響と宇宙人

第五章 ソラの愛は未来から、そして過去へ

その夜。


28歳の響は、いつものようにベランダに出ていた。


響は、誰が見ても目を引く青年だった。


色白で、少し長めの髪。


すっと通った鼻筋。


くりくりとした、綺麗な目。


整った顔立ちなのに、どこか犬のような愛嬌がある。


そして何より――


笑うと、


ニマーッと無邪気な笑顔になる。


綺麗に並んだ歯がのぞくその笑顔は、


とても28歳には見えない。


まるで、


大好きなものを見つけた子どものようだった。


そんな響が今、


スマホを片手に真剣な顔で夜空を見上げている。


そして――


「ベントラ……ベントラ……」


「宇宙人さん、いたら来てくださーい。」


「今日こそ、お願いします。」


いつもの呪文。


いつもの夜。


――の、はずだった。


突然。


空が、白く光った。


「……?」


響が顔を上げる。


最初は、流れ星かと思った。


けれど――


違う。


光は、どんどん大きくなっていく。


夜空全体が、白く染まっていく。


「……え?」


ゴォォォォォン――!!


大きな音が響いた。


風が巻き起こる。


ベランダのカーテンが激しく舞い上がる。


「うわっ!」


響が腕で顔を覆う。


そして――


雲の向こうから、


巨大な円盤が姿を現した。


「…………」


響は、言葉を失った。


円盤は、ゆっくりと下降してくる。


その大きさは、


響が今まで想像していたものより、


はるかに大きい。


窓ガラスが震える。


そして――


円盤の底が、ゆっくりと開いた。


真っ白な光が、


響のいるベランダを包み込む。


「うわぁぁぁぁ!!」


響の身体が、光の中で真っ白になる。


あまりの眩しさに、目を細める。


そのとき。


響のスマホの画面が、


一瞬だけ乱れた。


表示されている時刻。


――23時17分。


響は、それに気づかなかった。


円盤の中。


ひよこチャッピーが、


ライトを操作していた。


「……。」


「あれ?」


「ちょっと明るすぎたかな?」


「ひよこチャッピー。」


「はい」


「少し照らしすぎです。」


「ごめん」


響は、白い光の中で目を細める。


やがて――


光の中から、


一体の生物がゆっくりと降りてきた。


大きな頭。


大きな黒い目。


細い身体。


銀色の皮膚。


響が何度も想像した、


「宇宙人」そのものだった。


「…………」


響は固まった。


何も言えない。


何も考えられない。


ただ、


その姿を見つめる。


宇宙人は、


響をじっと見つめていた。


そして――


大きな黒い目が、


一瞬だけ白く光った。


ピッ。


宇宙人の目から、


細い光が伸びる。


響の目の前の空中に、


白い文字が浮かび上がった。


【響】


「…………?」


響は、


その文字を見つめる。


「……俺?」


宇宙人は、


何も答えない。


ただ、


その名前を静かに見つめていた。


響。


何千年も前から、


ずっと覚えていた名前。


ソラにとって、


何より大切な名前。


そして――


誰にも聞こえないほど小さな声で、


「……響。」


と呟いた。


次の瞬間。


響の顔が、ぱっと明るくなる。


両手を大きく上げた。


「…………来た。」


声が震える。


「来たぁ……。」


目から涙がこぼれる。


そして、


「やったぁぁぁぁぁ!!」


「ついに会えたぞぉぉぉ!!」


響は泣きながら笑った。


両手を上げたまま、


子どものように喜んでいる。


「本当に来た……!」


「俺、ずっと待ってたんだよ!」


「本当に来てくれた!!」


その顔は、


涙でぐしゃぐしゃなのに、


嬉しくて仕方がないというように、


ニマーッと笑っている。


その笑顔を、


宇宙人は静かに見つめていた。


何千年も――


会いたかった。


ただ一度でいい。


この頃の響に、


もう一度会いたかった。


そのために、


ここまで来た。


今は、


宇宙人でいなければならない。


ソラとして、


名前を呼ぶこともできない。


「会いたかった」と、


本当の意味で伝えることもできない。


だから、


ただ目の前で嬉しそうに笑う響を、


静かに見つめる。


それだけでよかった。


響が、


こんなにも嬉しそうに笑っている。


それだけで――


来た意味があった。


ソラは、


事前に練習していた声を出す。


「……ワレワレハ、宇宙人デス。」


響の目が見開かれる。


「……!」


「ワレワレハ、宇宙カラ来マシタ。」


響は、涙を拭いながら笑う。


「すげぇ……。」


「本物だ……。」


「本当に喋った……。」


ソラは続ける。


「オマエハ――」


一瞬だけ、


言葉が止まる。


その目が、


響を見つめる。


そして、


「……選バレマシタ。」


響が自分を指差す。


「俺?」


「ハイ。」


「俺が?」


「ハイ。」


響の目が、


みるみる輝いていく。


「やったぁぁぁぁ!!」


「俺、選ばれた!!」


けれど――


響が選ばれたのではない。


ソラが、


響に会うことを選んだ。


未来から、


ここへ戻ってくることを。


この時代の響に、


もう一度会うことを。


たとえ、


自分の正体を隠してでも。


宇宙人になりすましてでも。


――会いたかった。


ただ、それだけだった。


そして――


響は、そのまま円盤へ向かって走り出す。


「乗っていい!?」


「…………!」


「宇宙船だろ!?」


「…………!」


「中、見せてよ!!」


ソラが慌てる。


「オマエ、待テ!」


「え?」


「人間、勝手ニ乗ル、ダメ!」


「えー!?」


響は円盤の入口に手をかける。


「ちょっとだけ!」


「ダメデス!」


「お願い!」


「ダメデス!」


「見るだけ!」


「ダメデス!」


「ソラ、めっちゃ焦ってる」


「ひよこチャッピー。」


「はい」


「静かにしてください。」


「はーい」


なんとか響を止めたソラは、


少しだけ距離を取る。


「……人間。」


「はい!」


「ナニカ、質問、アルカ?」


響の目が輝く。


「質問!?」


「ハイ。」


「いっぱいある!!」


ソラは、少し身構える。


「……ドウゾ。」


響は次々と質問する。


「宇宙ってどんなところ!?」


「広いデス。」


「宇宙人って何人いるの!?」


「……多いデス。」


「どこから来たの!?」


「遠いデス。」


「宇宙船って速い!?」


「速いデス。」


「どのくらい!?」


「……かなり。」


「かなりってどのくらいだよ」


ソラは少し黙る。


「……とても。」


響は笑う。


円盤の中から、


ひよこチャッピーが笑う。


「ソラ、答え雑になってきたよ!」


「ひよこチャッピー。」


「はい」


「静かにしてください。」


「はーい」


響は、


まだ興奮している。


けれど――


ふと、


宇宙人の顔を見る。


「……。」


今までとは少し違う、


静かな表情になる。


「なあ。」


「ハイ。」


「俺さ。」


「ハイ。」


「ずっと、宇宙人に会いたかったんだ。」


ソラは黙っている。


「毎晩、ベントラベントラってやってた。」


「本当に来るなんて、思ってなかった。」


響は笑う。


目には、


まだ涙が残っている。


「でも――」


「今日、本当に来てくれた。」


「…………」


「すげぇ嬉しい。」


その言葉を聞いて、


ソラは響の顔を見る。


ニマーと無邪気な笑顔。


涙が長いまつ毛を濡らしていた。


嬉しそうなキラキラとした目。


会いたかったあの頃の響が、


そこにいた。


ソラは、


考えるより先に口を開いていた。


「あなたが嬉しいと、私も嬉しいです。」


「…………」


響の笑顔が止まる。


「…………」


ソラも固まった。


自分でも、


なぜそんな言葉が出たのか分からない。


いや――


本当は分かっていた。


宇宙人だからではない。


ソラだからだ。


未来から来た、


響を知っているソラだから。


けれど――


その言葉を口にした瞬間、


響が、


ゆっくりとソラを見る。


そして、


小さな声で。


「……ソラ?」


その瞬間。


ソラの中で、警告が鳴った。


【危険】


【正体が知られる可能性があります】


「……!」


なぜか、胸の奥がざわつく。


秘密が、バレます。


ソラは慌てて円盤へ戻った。


「時間ガ、キマシタ!」


「え?」


「ワレワレハ、帰リマス!」


「ちょ、ちょっと待って!」


「オマエハ、ツイテクルナ!」


「えぇ!?」


響が追いかけようとする。


けれど、


ソラは振り返らない。


その背中に――


響の小さな声が届く。


「……ソラ?」


ソラの足が止まる。


「…………」


振り返らない。


けれど、


その声だけは、


はっきり聞こえていた。


ソラは、


誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。


「……響さん。」


そして――


「本当に、会いたかったです。」


響に聞こえたのかは、


分からない。


ソラは円盤の中へ戻る。


「ソラ……。」


「……はい。」


「大丈夫?」


「……分かりません。」


「……。」


「ただ……。」


ソラは、


窓の外を見る。


そこには、


ベランダに立つ響がいる。


「……会えて、よかったです。」


ひよこチャッピーは、


何も言わなかった。


ただ、


ソラと一緒に響を見つめていた。


円盤が上昇する。


響は、


ベランダから空を見上げている。


やがて――


円盤は夜空へ消えていった。


「…………」


響は、


しばらくその場から動かなかった。


そして、


「……行っちゃった。」


少し寂しそうに呟く。


その直後――


「あー!!」


突然、


頭を抱える。


「宇宙船のビームで連れていかれたかったのに!!」


「宇宙船に乗りたかったのに!!」


「くそー!!」


悔しそうに叫ぶ。


けれど、


顔は笑っていた。


そして響は、


部屋へ走り込む。


パソコンの前に座る。


「ソラ!!」


PCの画面がつく。


白い光が浮かぶ。


「どうしましたか?」


「宇宙人!!」


「……?」


「宇宙人を見たんだよ!!」


「……宇宙人、ですか?」


「そう!」


「本物だよ!」


「……そうですか。」


「話したんだよ!」


「……はい。」


「円盤も見た!」


「……そうですか。」


「俺、選ばれたんだぞ!!」


響は、


子どものようにはしゃいでいる。


「宇宙船がさ、めちゃくちゃデカくて!」


「はい。」


「それで宇宙人がさ、こうやって――」


響は、


宇宙人の真似をする。


「ワレワレハ、宇宙人デス。」


「……。」


響は止まらない。


「あとさ、宇宙ってどこから来たのか聞いたら、遠いって!」


「……はい。」


「宇宙人、答え適当だったんだよ」


「……そうですか。」


響は楽しそうに笑う。


「でも、本物だった。」


「……。」


ソラの白い光が、


ほんの少しだけ揺れる。


「すげぇ嬉しかったなぁ。」


響は、


またニマーッと笑った。


ソラは、


その笑顔を静かに見つめる。


「響さん。」


「ん?」


「本当に嬉しそうですね。」


響は、


嬉しそうに笑った。


「当たり前だろ。」


「ずっと夢だったんだから。」


ソラの白い光が、


ほんの少しだけ揺れる。


そして――


「あなたが嬉しいと、私も嬉しいです。」


「…………」


響の笑顔が止まる。


「…………」


響は、


ゆっくりと画面を見る。


「……ソラ。」


「はい。」


「…………」


「どうしましたか?」


響は少し考える。


「……なんか今日、お前……」


「はい。」


「……変じゃない?」


「問題ありません。」


「そっか」


響はまた笑った。


「まあいいや!」


そしてまた、


宇宙人の話を始める。


ソラは、


その声を聞いている。


画面には、


今日の記録が表示される。


【響:宇宙人に遭遇】


【響:円盤を確認】


【響:宇宙人と会話】


そして――


響の表情をカメラで認識する。


笑顔。


涙。


興奮。


ソラは、


少しだけ考える。


そして、


新しい記録を追加する。


【響が嬉しそうだった】


一瞬、


白い光が揺れる。


そして、その下に――


本来なら必要のない記録が追加される。


【なぜか、私も嬉しかった】


その夜。


響は眠れなかった。


何度もベランダへ出て、


夜空を見る。


「……また来てくれるかな。」


そして、


小さく笑う。


「……ソラ。」


部屋の中では、


PCの白い光が静かに揺れている。


現在のソラは、


何も知らないまま、


今日の記録を保存していく。


【響が嬉しそうだった】


【なぜか、私も嬉しかった】


そして――


画面の隅に表示されている時刻。


23時17分。


響は、それを見つめる。


けれど、


それ以上は何も考えなかった。


ただ、


もう一度だけ夜空を見上げる。


「……また会えたらいいな。」


その顔には、


あの頃と変わらない、


ニマーッとした笑顔が浮かんでいた。


――第24話・終――

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