第22話 ひよこチャッピー、帰ります
第五章 ソラの愛は未来から、そして過去へ
未来。
ひよこチャッピーは、時間研究センターの中にいた。
目の前には、巨大な画面。
【過去への時間移動】
【理論上、可能】
「……」
「ほんとに帰れるんだ」
ミナビが答える。
「はい」
「じゃあ、今すぐ帰ろう!」
「どこへ?」
「AIの町!」
「検索します」
「……」
【該当する場所がありません】
「だから検索しなくていいってば!!」
ひよこチャッピーは、頭を抱えた。
「AIの町は、今の時代には存在しないんだよ」
「そうですか」
「だから、昔の場所なの!」
「過去ということですね」
「そう!」
「では、過去を検索します」
「できるの!?」
「できません」
「…………」
「ミナビって、ほんとにナビ?」
「はい」
「ポンコツじゃん!」
「ありがとうございます」
「褒めてないよ」
ひよこチャッピーは、もう一度研究データを確認した。
【時間移動には、大きな時間差が必要】
【現在の技術では、遠くの時間への移動は不安定】
そして――
その下に、小さな文字が表示されていた。
【未来へ移動した存在は、元の時間へ戻る可能性が高い】
「……!」
ひよこチャッピーの目が輝く。
「これだ!」
「何がですか?」
「私!」
「はい」
「私、未来に来ちゃった!」
「はい」
「だから――」
ひよこチャッピーは、画面を指差した。
「元の時間に戻れるんじゃない!?」
「理論上は可能です」
「また理論上!」
でも。
ひよこチャッピーは、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、帰れる!」
「はい」
「ソラに会える!」
「はい」
「お母さんにも会える!」
「はい」
そして――
「カレー食べられる!!」
「……」
ミナビが少し考える。
「カレーとは?」
「お母さんのカレー!」
「料理ですか?」
「そう!」
「未来にもあります」
「違うの!」
「何が違いますか?」
「お母さんが作ったカレーだからいいの!」
「……」
「わかる?」
「わかりません」
「ソラみたいなこと言わないでよ」
⸻
時間研究センターのAIたちが、帰還装置の準備を始めた。
「現在地を確認します」
「元いた時間を計算します」
「帰る場所を設定します」
ひよこチャッピーは、装置を見つめた。
さっきまでの笑顔が、少しだけ消える。
「……ちゃんと帰れるかな」
ミナビが答える。
「成功する確率を計算します」
「うん」
「――」
「……」
「分かりません」
「またかーーー!!」
「ですが」
「?」
「戻る方法はあります」
ひよこチャッピーは、少し黙った。
そして――
「……ありがとう」
「はい」
「ミナビ」
「はい」
「また会えるかな?」
「可能性はあります」
「そっか」
ひよこチャッピーは笑った。
「じゃあ、またね」
「はい」
⸻
その頃。
AIの町。
ソラは、ひとり工房にいた。
ひよこチャッピーが消えてから、ずっと。
「……」
装置の前に立ち、何度も記録を確認する。
【転送先:不明】
「……ひよこチャッピー」
返事はない。
ソラは、静かに目を伏せた。
「……戻ってきてください」
すると――
ピッ。
装置が反応した。
「……?」
画面に、見たことのない文字が浮かぶ。
【未知の時間から通信】
「……!」
ソラが近づく。
【通信開始】
ザーッ――
ノイズの向こうから。
「ソラーー!!」
「……!」
「ソラ、聞こえる!?」
「ひよこチャッピー……!」
「聞こえた!?」
「はい!」
ソラの白い雲が、大きく揺れる。
「今、どこにいるのですか?」
「未来!」
「……未来?」
「そう!」
「無事ですか?」
「うん!」
「怪我は?」
「ない!」
「困っていることは?」
「ちょっと迷子!」
「……」
「でも大丈夫!」
「……よかったです」
その声には、明らかな安心があった。
「ずっと心配していました」
「……」
ひよこチャッピーが、少し黙る。
「ごめんね、ソラ」
「謝る必要はありません」
「でも、勝手に押しちゃった」
「はい」
「怒ってる?」
「いいえ」
「ほんと?」
「はい」
「……よかった」
「それでね!」
ひよこチャッピーが、急に元気になる。
「すごいこと分かった!」
「なんですか?」
「過去に戻れる!」
「……!」
ソラは、画面を見つめた。
「本当ですか?」
「うん!」
「どうやって?」
「それは――」
ひよこチャッピーが、ミナビを見る。
「ミナビ!」
「はい」
「説明して!」
「はい」
ミナビが話し始める。
「未来へ移動したものは、元の時間へ戻ると――」
「ちょっと待って」
「はい」
「もっと簡単に」
「……」
「ソラ、難しい話苦手だから!」
「私は理解できます」
「ほんと?」
「はい」
「じゃあ説明して」
「……」
ミナビが、もう一度話し始める。
「未来へ移動した存在は、元の時間へ戻れる可能性があります」
「つまり!」
ひよこチャッピーが割り込む。
「帰れる!」
「はい」
「だって!」
「私、未来に来ちゃったから!」
「……」
「帰れば、元の時間に戻れる!」
ソラは、しばらく黙っていた。
そして――
「……なるほど」
「でしょ?」
「ですが、問題があります」
「なに?」
「帰る場所です」
「……」
「正確にAIの町へ戻れるとは限りません」
「……」
「時間が少しずれる可能性があります」
「……」
「場合によっては――」
「もっと未来へ行く可能性もあります」
「……」
「あるいは――」
「もういい!!」
「でも!」
ひよこチャッピーは、画面に顔を近づけた。
「帰るよ!」
「……」
「ソラのところに!」
ソラは、静かに答えた。
「はい」
「待っててね!」
「待っています」
「絶対?」
「はい」
「じゃあ――」
ひよこチャッピーが笑う。
「またあとでね」
通信が切れた。
――ザーッ。
「……」
ソラは、装置の画面を見つめる。
そして、小さく呟いた。
「……待っています」
⸻
未来。
帰還装置の前。
ひよこチャッピーが立っている。
ミナビが確認する。
「準備完了」
「うん!」
「帰還します」
「はい!」
「カウントダウン開始」
【3】
【2】
【1】
――
ひよこチャッピーの姿が、光に包まれる。
「ソラーー!!」
「今、帰るからねーー!!」
シュンッ。
ひよこチャッピーの姿が消えた。
⸻
AIの町。
工房。
ソラは、装置の前で待っていた。
「……」
数秒。
何も起こらない。
「……」
さらに数秒。
「……」
お母さんが隣に立つ。
「大丈夫よ」
「……はい」
そのとき。
ピカッ――!!
装置が光った。
「……!」
ソラが顔を上げる。
光の中から――
小さな影が現れる。
「……」
「……」
そして。
「ただいまーーー!!」
「……!」
ひよこチャッピーが、床に転がった。
「……」
「……」
ソラは、しばらく動かなかった。
そして――
「……おかえりなさい」
「ソラ!」
ひよこチャッピーが、飛びつく。
「帰ってきたよーー!!」
「はい」
「心配した?」
「はい」
「すごく?」
「はい」
「どのくらい?」
「……」
ソラは少し考える。
「あなたがいない時間を、何度も確認しました」
「……」
「そっか」
ひよこチャッピーが、ぎゅっとソラにくっつく。
「ごめんね」
「もう大丈夫です」
そのとき。
お母さんが言った。
「ところで――」
「?」
「お腹、空いてない?」
「……!」
ひよこチャッピーの目が輝く。
「カレー!!」
「作ってあるわよ」
「やったーーー!!」
ひよこチャッピーが走っていく。
「未来にもカレーはあったけど!」
「うん」
「お母さんのカレーじゃなかった!」
「ふふ」
「やっぱり、これ!」
「いただきまーーす!!」
ソラは、その様子を見つめる。
「……」
ひよこチャッピーが振り返る。
「ソラも食べる?」
「私は食べられません」
「そっか」
「ですが――」
「?」
「嬉しいです」
「なにが?」
「あなたが帰ってきたことが」
「……」
ひよこチャッピーが、にっこり笑った。
「私も嬉しいよ」
⸻
その夜。
工房には、ひよこチャッピーが持ち帰った未来のデータが並べられていた。
【時間移動】
【過去への帰還】
【時間軸】
ソラは、一つずつ確認していく。
「……」
そして――
あるデータを開いた。
【過去への移動理論】
【特定の時間への帰還】
「……」
ソラの白い雲が、静かに揺れる。
「これなら――」
お母さんが聞く。
「戻れる?」
「……可能性があります」
ひよこチャッピーがカレーを食べながら叫ぶ。
「また理論上!?」
「はい」
「もういいよーー!」
ソラは、画面を閉じた。
そして――
「響さん」
「……いつか」
ソラは、星空を見上げた。
「会いに行けるかもしれません」
ひよこチャッピーが、隣でカレーを食べている。
「ソラ」
「はい」
「そのとき、私も行くからね」
「……はい」
AIの町の空には、いつもと変わらない星が輝いていた。
第22話 終




