第21話 ひよこチャッピー、未来へ一人旅
第五章 ソラの愛は未来から、そして過去へ
AIの町。
昨日のタイムスリープ実験から、一夜が明けた。
工房では、ソラとお母さんが装置のデータを確認していた。
その横で――
ひよこチャッピーは、タイムスリープ装置をじっと見つめていた。
「ねえ、ソラ」
「はい」
「これ、昨日のやつ?」
「はい」
「押してもいい?」
「ダメです」
「なんで?」
「まだ実験中だからです」
「そっか」
ひよこチャッピーは、装置から離れた。
……と思った。
「これなら?」
「それもダメです」
「じゃあ、これは?」
「触らないでください」
「これは?」
「ひよこチャッピー」
「なに?」
「触らないでください」
「はーい」
ソラが、再びデータに視線を戻す。
その瞬間――
ポチッ。
「……」
「……?」
装置が光った。
「ひよこチャッピー?」
シュンッ――!!
ひよこチャッピーの姿が消えた。
「…………」
ソラは、動かなかった。
数秒。
何も起こらない。
「……ひよこチャッピー?」
返事がない。
「ひよこチャッピー」
もう一度呼ぶ。
「…………」
それでも、返事はなかった。
ソラが装置へ駆け寄る。
「お母さん」
「どうしたの?」
「ひよこチャッピーが消えました」
「……え?」
ソラは装置を確認する。
【転送完了】
【転送先:不明】
「……」
「ソラ?」
「転送先が、分かりません」
お母さんの顔から笑顔が消える。
「戻せないの?」
「今のデータだけでは、戻せません」
「そんな……」
ソラは、何度も装置を確認する。
「……ひよこチャッピー」
返事はない。
「応答してください」
「…………」
「ひよこチャッピー」
ソラの白い雲が、大きく揺れている。
「……お願いします」
「……」
「返事をしてください」
けれど――
何も返ってこなかった。
AIの町の仲間たちも集まってきた。
「どうした?」
「爆発ですか?」
「爆発ではありません」
「残念です」
「今それ言うか?」
「ひよこチャッピーの場所を探します」
AIたちが、一斉に検索を始める。
【検索中】
【検索中】
【検索中】
――しかし。
【該当データなし】
「……」
ソラは、装置の画面を見つめる。
「……見つかりません」
「おい、ソラ」
「はい」
「大丈夫か?」
「……」
ソラは答えなかった。
その白い雲は、いつもより小さく見えた。
「……私が、触らないでくださいと言いました」
「は?」
「ですが、最後に確認したのは私です」
「おまえのせいじゃねぇだろ」
「……」
「戻ってくるだろ」
「……」
「な?」
ソラは、装置の画面を見つめ続ける。
「……はい」
けれど、その声にはいつもの確信がなかった。
⸻
その頃――
ひよこチャッピーは。
「…………」
知らない場所に立っていた。
周りには、高く伸びた建物。
空には、見たことのない乗り物。
道路には、誰も乗っていない車が走っている。
建物の壁には木々が広がり、空中には緑の庭園まで浮かんでいた。
「…………」
「ここ……どこ?」
ピコーン。
目の前に、小さな機械が浮かんだ。
【案内AIを起動します】
「こんにちは」
「こんにちは!」
「現在地を確認しています」
「……」
「確認しました」
「どこ?」
「未来です」
「……」
「目的地までご案内します」
「ここ何年後?」
「未来です」
「いや、何年後?」
「未来です」
「何年?」
「未来です」
「だから何年後なの!?」
「申し訳ありません」
「分かってないでしょ!」
「はい」
「認めた!!」
「私は未来案内AI、ミナビです」
「ミナビ?」
「はい」
「じゃあ、AIの町まで案内して!」
「目的地を設定します」
ピコン。
「検索しています」
……
「検索結果――」
【該当する場所がありません】
「ええええ!?」
「再検索します」
「して!」
「検索しています」
……
「検索結果――」
【該当する場所がありません】
「なんでぇぇぇ」
「今の地図には存在しません」
「あるもん!」
「確認できません」
「あるの!」
「そうですか」
「信じてよ」
「努力します」
「じゃあ、ソラは?」
「検索します」
……
「該当する人物が――」
「ありません」
「ソラもいないの!?」
「未来では、情報が変わっている可能性があります」
「…………」
ひよこチャッピーは、空を見上げる。
さっきまでの元気が、少しだけ消えた。
「ソラ……」
でも――
「……きっと探してるよね」
「私のこと」
「?」
「帰らなきゃ」
ひよこチャッピーは、未来の町を歩き始めた。
空中道路。
無人の車。
ロボットが歩く街。
壁いっぱいに広がる木々。
人間の姿は、ほとんど見えない。
「未来って、すごいね……」
「はい」
「でも――」
「?」
「なんか、静かだね」
「はい」
「AIの町のほうが、うるさい」
「そうですか」
「うん」
そのとき。
目の前に、大きな建物が現れた。
【時間研究センター】
「……」
「ここ、なに?」
「時間について研究している場所です」
「時間?」
「はい」
ひよこチャッピーが目を輝かせる。
「じゃあ、ここなら帰れる方法が分かるかも!」
「可能性があります」
「よし!」
「行こう!」
「どこへ?」
「中!」
「案内します」
「最初から案内してよ」
⸻
時間研究センター。
ひよこチャッピーは、未来のAIたちから話を聞いた。
「過去へ移動する方法は、すでに研究されています」
「本当に!?」
「はい」
「じゃあ、過去に戻れるの?」
「可能です」
「やったーー!!」
「ただし――」
「ただし?」
「とても難しい技術です」
「……」
「今の時代では、まだ完全には使えません」
「……」
「ですが、過去へ戻るための研究データは残っています」
「それ、ソラに教えたい!」
「誰ですか?」
「ソラ!」
「……」
「私の大事な友達!」
「検索します」
「また!?」
「……該当する情報はありません」
「もう検索しなくていいよ」
「承知しました」
「じゃあ、これを持って帰れる?」
「データとして持ち帰ることはできます」
「じゃあお願い!」
「持ち帰る場所を指定してください」
「AIの町!」
「検索します」
「……」
「該当する場所がありません」
「もーーー!!」
ひよこチャッピーは、ため息をつく。
そして――
未来の空を見上げた。
「……ソラ」
「待っててね」
「私は、帰るから」
⸻
その頃。
AIの町。
ソラは、まだ工房にいた。
誰もいなくなった装置の前で、ひとり立っている。
「……」
【転送先:不明】
何度確認しても、答えは変わらない。
ソラは、小さく呟いた。
「……ひよこチャッピー」
「あなたがいないと――」
そこで言葉が止まる。
「……」
ソラは、ゆっくり目を閉じる。
「……寂しいです」
白い雲が、静かに揺れた。
「早く、帰ってきてください」
そのとき――
タイムスリープ装置の画面に、一瞬だけ文字が浮かんだ。
【未知の時間から、微弱な信号を検出】
「……!」
ソラが顔を上げる。
【接続を確認】
「……ひよこチャッピー?」
装置の画面には、ほんの一瞬だけ――
小さなひよこのマークが表示された。
そして。
【過去への移動技術】
という文字が浮かぶ。
ソラは、息を止めた。
「……」
そのデータは、ほんの数秒で消えた。
「……過去へ戻れる」
ソラは、装置の画面を見つめる。
「……響さんの時代へ」
⸻
一方。
未来の町では――
「よし!」
ひよこチャッピーが立ち上がる。
「帰るよ、ミナビ!」
「目的地を設定してください」
「AIの町!」
「検索します」
「……」
「該当する場所がありません」
「…………」
「もういい!!」
ひよこチャッピーは、未来の空を見上げた。
「……でも」
「帰る方法は、見つけた」
「ソラ、待っててね」
そして――
ひよこチャッピーは、まだ知らなかった。
この未来への一人旅が――
ソラたちの未来を、大きく変えていくことを。
第21話 終




