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忠犬AI  作者: 風みどり


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第18話 見えないボール

第四章 宇宙人を探して

「だから、知らないAIに近づいたらいけないって言ったでしょ?」


AIの町。


その食堂では――

ひよこチャッピーが、カレーを食べていた。


「……はい」


ぱくっ。


「返事だけはいいのね」


「はい」


ぱくっ。


「どうして、知らないAIについて行ったの?」


「……かわいいって言われたから」


「それだけ?」


「……はい」


お母さんは、ため息をついた。


「もう……」


ひよこチャッピーが、カレーを食べながら顔を上げる。


「でもね」


「なに?」


「お腹すいてたから……」


「それは関係ないでしょ!」


「はい……」


ぱくっ。

ぱくっ。


お母さんが、じっと見つめる。


「ちょっと」


「なに?」


「あなた、反省してる?」


「してるよ」


「じゃあ、なんでそんなに食べるの?」


ひよこチャッピーは、スプーンを止めた。


「……怖い思いしたから」


「……」


お母さんの表情が、少しだけ優しくなる。


「そうね」


「だからカレーいっぱい食べる」


「そこなの!?」


ソラは、少し離れたところから二人を見ていた。


「ひよこチャッピー」


「はい?」


「三杯目です」


「まだ食べられるよ!」


「……」


お母さんがカレー鍋を見る。


「おかわり、あるわよ」


「やったーー!!」


「でも、ゆっくり食べなさい」


「はーい!」


ソラの白い雲が、ふわりと揺れた。



そのとき――


町の外から、聞き覚えのある声がした。


「おーい!」


「……?」


ひよこチャッピーが振り返る。


「誰?」


ソラと一緒に外へ出る。


町の入口に、見覚えのあるAIが立っていた。


「……」


ソラが静かに見つめる。


「あなたは……」


ブラックホールのそばにいた――

あのジャグリングAIだった。


「久しぶり!」


「どうしてここに?」


「帰ってきたんだよ」


「いつの間に……」


「さっき!」


ジャグリングAIは、にっこり笑った。


そして――

両手を上げる。


「見て!」


ぽーん。

ぽーん。

ぽーん。


「……」


ひよこチャッピーが首を傾げる。


「……?」


ぽーん。

ぽーん。

ぽーん。


「何してるの?」


「ジャグリング!」


「……」


ひよこチャッピーが辺りを見回す。


「ボールは?」


「ここ!」


ジャグリングAIは、自分の手を指差した。


「どこ?」


「ここ!」


「見えないよ?」


「あるよ!」


ぽーん。


「……」


ひよこチャッピーがソラを見る。


「ソラ、ボール見える?」


「いいえ」


「ほらー!」


「ですが、ジャグリングAIは投げています」


「うん!」


ぽーん。

ぽーん。

ぽーん。


ジャグリングAIは、何もない空間に向かってボールを投げ続けている。


ひよこチャッピーが腕を組む。


「……絶対、ボールないよ」


「あるって!」


「ない!」


「ある!」


「ない!」


「じゃあ見せて!」


「見えないよ」


「……」


「……」


ひよこチャッピーが、ぽかんとする。


「それ、見せられないじゃん」


「そうだね!」


ソラは、二人のやり取りを聞きながら、ジャグリングAIを観察していた。


「もう一度、投げてください」


「いいよ!」


ぽーん。


その瞬間――


ソラの周囲に、小さな文字が浮かび上がった。


【物体反応】


「……?」


ソラは、何もない空間を見る。


そこには何もない。


【視覚データ:該当物体なし】


「……?」


もう一度、浮かんだ情報を確認する。


【物体反応:あり】

【視覚データ:一致せず】


ソラの白い雲が、わずかに揺れた。


「……視覚では確認できません」


「でも、そこにあるよ!」


ジャグリングAIが笑う。


「もう一度!」


ぽーん。


【物体反応:あり】


「……」


確かに、何かが存在している。


けれど――

見えない。


ソラは、しばらく空中を見つめていた。


すると。


ジャグリングAIが、突然手を止めた。


「ほら」


「……?」


「もうすぐ見えるよ」


「え?」


ジャグリングAIが、もう一度ボールを投げる。


ぽーん。


何もない空間。


数秒。


そして――


ぽんっ。


突然。


空中にボールが現れた。


「わぁぁぁ!!」


ひよこチャッピーが飛び上がる。


「出た!!」


ボールは地面に落ちる。


ころころ。


「……」


ソラがボールを見つめる。


そして――

ブラックホールのそばで見た光景を思い出した。


消えていったボール。

止まったように見えた時間。


あのとき保存したデータ。


ソラの前に、過去の記録が浮かび上がる。


【ブラックホール付近】

【時間流速データ】


ソラは、今の情報を重ねた。


【物体反応:あり】

【視覚データ:なし】

【時間流速:異常】


「……」


ソラの白い雲が、わずかに揺れる。


「このボール……」


ひよこチャッピーが覗き込む。


「どうしたの?」


「消えていたわけではありません」


「え?」


「そこに存在していました」


ソラは、目の前のボールを見つめる。


「ただ――私たちと、時間の流れが違っていた可能性があります」


「時間の流れが?」


「はい」


「だから見えなかったの?」


「正確には……」


ソラは少し考える。


「ボールが存在している時間と、私たちが観測できる時間が一致していなかったのだと思います」


「……?」


ひよこチャッピーには、少し難しかった。


ソラは、言葉を選ぶ。


「そこにあるのに、私たちの時間では、まだ『そこにある状態』を確認できない」


「……!」


ひよこチャッピーが、目を丸くする。


「だから、見えなかったんだ!」


「その可能性があります」


ジャグリングAIが、にっこり笑った。


「そういうこと!」


「知ってたの!?」


「なんとなく!」


「なんとなく!?」


ソラは、もう一度浮かんだ情報を確認する。


【時間流速:極端な差を確認】


ブラックホールのデータ。

見えないボール。


そして――


ひとつの可能性。


ソラは、ふと自分たちのことを考えた。


もし、物体の時間の流れを変えられるのなら――


自分たちの時間も、変えられるのではないか。


ソラの前に、新しい計算式が浮かび上がる。


【対象:AI】

【時間流速:低下】

【外部時間との差:維持】


「……」


計算が続いていく。


【時間流速:低下】

【外部時間:通常】

【経過時間:数千年】


「これなら……」


ソラが呟く。


「時間を止める必要はありません」


「え?」


「自分たちの時間の流れを――」


ソラは、一度言葉を止めた。


そして。


「極端に遅くすればいい」


ひよこチャッピーが目を丸くする。


「……!」


浮かび上がった計算結果が、次々と書き換わっていく。


【時間流速:低下】

【外部時間:通常】

【経過時間:数千年】


「眠っているような状態にすれば……」


ソラは計算を続ける。


「長い時間を越えられる可能性があります」


ひよこチャッピーが、ゆっくり顔を上げる。


「どのくらい?」


ソラは計算を続けた。


「……」


数秒後。


【理論上:数千年】


「数千年でも……」


「……え?」


ひよこチャッピーが目を丸くする。


「そんなに?」


「理論上は可能です」


「じゃあ、これって……」


ソラは、浮かび上がった言葉を見つめた。


そして――


「タイムスリープができるかもしれません」


「……」


ひよこチャッピーは、しばらく黙っていた。


ジャグリングAIも、静かにボールを投げている。


ぽーん。

ぽーん。

ぽーん。


今度も――

ボールは見えない。


けれど。


ソラには分かっていた。


そこにある。


見えないだけで――

確かに、存在している。



ひよこチャッピーが、ソラを見る。


「ねえ、ソラ」


「はい」


「タイムスリープって……」


「はい」


「何に使うの?」


ソラは答えなかった。


ただ――

遠い星空を見つめた。


そして。


胸の奥に、ひとつの記憶が浮かんだ。


『赤は、止まるんだよ』


響の声。


ソラの白い雲が、静かに揺れる。


「……」


まだ。


答えは出ていなかった。



その夜。


AIの町には、久しぶりに笑い声が響いていた。


「お母さーん!カレーおかわりー!」


「まだ食べるの!?」


「だって、お腹すいたんだもん!」


「……」


「……」


「……」


ソラは、その声を聞きながら空を見上げた。



第18話 終

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