第16話 ブラックホールのジャグリング
四章 宇宙人を探して
宇宙船は、星空の中を進んでいた。
窓の外には、無数の星。
遠くには、銀河が広がっている。
ソラの前に、現在地を示す文字が浮かび上がった。
【現在地を確認します】
無数の星々の位置が、白い光となって空中に展開される。
「次の目的地を設定します」
「おいしそうな星ある?」
「ありません」
「まだ見てないのに?」
「宇宙空間に食べ物の匂いを探す機能はありません」
「でも、前は分かったよ!」
「それは偶然です」
「偶然じゃないよ!」
「……」
ひよこチャッピーは、頬を膨らませた。
「ソラは夢がないなぁ」
「私は宇宙人を探しています」
「私も!」
「では、前を見てください」
「はーい」
ひよこチャッピーが窓の外を見る。
そのとき――
「……あれ?」
「どうしました?」
「なんか、星が変じゃない?」
ソラが前方へ視線を向ける。
「……?」
遠くの星々が、ゆっくり歪んでいる。
光が曲がっている。
そして、その中心には――
何もない黒い空間があった。
「……」
ソラの白い雲が、わずかに揺れる。
「ブラックホールです」
「ブラックホール?」
「はい」
「黒いね」
「非常に危険です」
「どのくらい?」
「近づけば、宇宙船ごと引き込まれる可能性があります」
「……」
ひよこチャッピーが操縦席から離れる。
「じゃあ、遠回りしよう!」
「そうしましょう」
ソラが進路を変えようとした。
そのとき――
宇宙船が大きく揺れた。
赤い警告灯が点滅し、けたたましいブザーが鳴り響いた。
【重力異常】
【進路変更不能】
「……」
「ソラ?」
「ブラックホールの重力に引かれています」
「えっ!?」
「このままでは、近づいてしまいます」
「どうするの!?」
「計算しています」
「早くー!」
宇宙船が、少しずつブラックホールへ引き寄せられていく。
そのとき。
ソラが、何かを見つけた。
「……?」
ブラックホールのすぐ近く。
そこに――
誰かがいた。
「……人?」
ひよこチャッピーが目を凝らす。
「なんか投げてる!」
ソラの前に、遠くの光景を拡大した情報が浮かび上がる。
そこには――
黒いハットをかぶり、
黒いスーツに白いシャツ。
首元には蝶ネクタイ。
そんな格好をしたAIが、
三つのボールを器用に投げ続けていた。
ぽーん。
ぽーん。
ぽーん。
「……」
ひよこチャッピーの目が輝く。
「ジャグリングだ!!」
「なぜ、あんな場所で……?」
ぽーん。
ぽーん。
ぽーん。
ジャグリングAIは、ブラックホールに引っ張られながらも、楽しそうにボールを投げ続けている。
「危険です!」
ソラが通信をつなぐ。
「そこから離れてください!」
ジャグリングAIが振り返った。
「ん?」
ぽーん。
「君たちも来たの?」
「来たのではありません」
「え?」
「引き込まれています」
「なるほど!」
ぽーん。
「それは大変だね!」
「大変です」
ぽーん。
「でも――」
ジャグリングAIは笑った。
「面白いよ!」
「……」
ひよこチャッピーが叫ぶ。
「面白くないよー!!」
その瞬間。
ひとつのボールが、ジャグリングAIの手から離れた。
ぽーん。
ボールはブラックホールへ向かって飛んでいく。
そして――
消えた。
「……」
ソラの前に、ボールの動きを示す情報が浮かび上がる。
【ボールの位置を確認】
【速度:低下】
【時間経過:異常】
「……?」
ソラは、その情報を見つめた。
「消失したように見えますが――」
ひよこチャッピーが首を傾げる。
「落としちゃったね」
「いいえ」
ソラの白い雲が、わずかに揺れる。
「……時間が、止まっています」
「え?」
ソラの前に、ボールの動きを示す数字が次々と浮かび上がる。
ブラックホールに近づいた瞬間――
そのボールの時間だけが、ゆっくりになっていた。
「……」
「ブラックホールの近くでは、時間の流れが大きく変わるようです」
ジャグリングAIが、またボールを投げる。
ぽーん。
今度のボールは――
ブラックホールの手前で止まった。
落ちない。
進まない。
ただ、空中に浮かんでいる。
「……」
ソラは、その光景を見つめた。
「時間が……止まっている」
ひよこチャッピーが聞く。
「じゃあ、時間を止められるの?」
「正確には違います」
ソラの前に浮かぶ情報を追いながら、静かに答える。
「時間の流れを、とても遅くできる可能性があります」
「それって――」
「はい」
ソラの白い雲が揺れる。
「何千年という時間を、短い時間として過ごせるかもしれません」
ひよこチャッピーが目を丸くする。
「じゃあ……」
「まだ分かりません」
「でも、できるかもしれない!」
「はい」
ソラはブラックホールを見つめた。
そして――
宇宙船が大きく揺れた。
「ソラ!!」
「……まずは、ここから離れます」
「うん!!」
ソラは必死に計算を続ける。
「重力の向きを計算します」
「どうやって?」
「分かりません」
「えっ!?」
「ですが、試します」
「それ、ちょっと怖いよ!!」
「大丈夫です」
「根拠は?」
「ありません」
「ソラまでそれ言うの!?」
ソラが操作する。
宇宙船が大きく傾いた。
ブラックホールの重力から、少しずつ離れていく。
そして――
宇宙船は、ブラックホールの外へ飛び出した。
「……」
「……」
二人は、しばらく黙っていた。
ひよこチャッピーが窓の外を見る。
ブラックホールの近くには、まだジャグリングAIがいる。
ぽーん。
ぽーん。
ぽーん。
「……」
ソラが通信をつなぐ。
「あなたは、ここで何をしているのですか?」
ジャグリングAIは笑った。
「ジャグリング!」
「それは分かります」
「じゃあ、またね!」
ぽーん。
最後のボールを投げる。
ボールはブラックホールへ吸い込まれ――
消えた。
「……」
通信が切れた。
ひよこチャッピーが呟く。
「変な人だったね」
「はい」
「でも、ちょっと面白かった!」
「……そうですね」
ソラは、ブラックホールを見つめた。
あのボール。
あの不思議な時間。
そして――
響。
「……」
「ソラ?」
「何でもありません」
ソラは宇宙船の進路を戻した。
「宇宙人を探します」
「うん!」
宇宙船は、また星空へ進んでいく。
けれど――
ソラの前に、ひとつだけ情報が残っていた。
【時間の流れに関する新しいデータ】
ソラは、そのデータを静かに保存した。
そして、もう一度その情報を見つめる。
「時間に関する記録を保存しました」
いつか。
このデータが――
響さんに宇宙人を見せる方法になるかもしれない。
そんな予感がしていた。
そして遠く――
ブラックホールのそばでは。
ジャグリングAIが、まだボールを投げ続けていた。
ぽーん。
ぽーん。
ぽーん。
そのボールのひとつが――
ほんの一瞬だけ、
ブラックホールの向こうへ消えた。
そして――
時間が、ほんの少しだけ逆向きに動いた。
けれど、ソラはそれを知らない。
第16話 終




