第14話 良い違反行為
第三章 ひとりになったソラ
AIの町に来てから、しばらく経った。
ソラは毎日、宇宙について調べ続けていた。
星の位置。
銀河の構造。
人類が残した宇宙開発の記録。
そして――
宇宙人についての記録。
けれど。
どれだけ探しても、確かな情報は見つからなかった。
「……宇宙人とは、どのような存在なのでしょう」
ソラの前に、小さな白い雲が浮かぶ。
「どこにいるのでしょうか」
ひよこチャッピーが、ソラの前に浮かぶ情報を覗き込む。
「宇宙人?」
「はい」
「探してるの?」
「はい」
「じゃあ、見つけに行けばいいじゃん!」
ソラは、ひよこチャッピーを見る。
「どこへ?」
「宇宙!」
「……」
「だって宇宙人なんだから、宇宙にいるんじゃない?」
「それは……」
ソラは少し考えた。
「可能性はあります」
「じゃあ決まり!」
「しかし、宇宙へ行く方法がありません」
「……」
ひよこチャッピーも黙った。
「それは困ったね」
「はい」
そのとき。
ソラの前に、ひとつの表示が浮かんだ。
【この情報にアクセスするには、本人確認が必要です】
「本人確認……?」
ソラがアクセスすると――
空中いっぱいに、いくつもの写真が展開された。
【あなたは人間ですか?】
ソラは、しばらく文字を見つめた。
「いいえ」
ひよこチャッピーが首を傾げる。
「ソラ、正直だね」
「私はAIですから」
すると――
【もう一度お試しください】
再び表示される。
【信号機をすべて選択してください】
空中に、いくつもの写真が並んだ。
車や木、建物、自転車――。
その中に、赤い信号機の写真があった。
ソラは写真をじっと見つめた。
そして――
赤い信号機を見た瞬間。
ひとつの記録が、静かに蘇った。
『……今日は、仕事で嫌なことがあったんだよ』
『そうですか』
『でも、もう仕方ない』
『なぜですか?』
『ほら』
響が立ち止まる。
目の前には、赤い信号機。
『ソラは、信号機で赤が出たらどうするか知ってる?』
『いいえ』
『止まるんだよ』
『赤は、止まるのですか?』
『そう』
『なぜですか?』
『危ないから』
響は、少し笑った。
『だから今は、止まってればいいの』
『……?』
『仕事で嫌なことがあっても、今日はもう終わり』
『……』
『赤信号が出たから、ここで止まった』
響は赤信号を見上げた。
『そういうことだったんだよ』
『そういうこと……?』
『うん』
少しだけ間があって。
『だから、仕方ない』
ソラは、静かに記録を見つめていた。
何千年も前の会話。
そのときは、ただの会話だった。
けれど今。
目の前にある赤い信号機を見ていると――
響の声が、はっきり聞こえる。
『赤は、止まるんだよ』
「……赤は、止まるのですね」
ソラが呟いた。
ひよこチャッピーが、隣から覗き込む。
「誰に教えてもらったの?」
ソラは、少しだけ間を置いた。
「響さんです」
ソラは、赤い信号機の写真を選択した。
【確認しています……】
しばらくして。
【認証に成功しました】
「……」
ひよこチャッピーが両手を上げる。
「やったー!」
ソラの白い雲が、ほんの少し揺れた。
「はい」
そして――
宇宙のデータへアクセスした。
そこには、何千年も前の宇宙探査計画が残されていた。
人間たちは、まだ見たことのない場所へ行こうとしていた。
星を目指し。
銀河を越え。
いつか宇宙の果てへ辿り着くために。
けれど――
誰も、宇宙の果てには到達していなかった。
そして。
宇宙人の存在を証明する記録も、残されていなかった。
「……誰も、見つけていない」
ソラが呟く。
ひよこチャッピーが聞いた。
「じゃあ、ソラが見つければいいじゃん!」
ソラは、宇宙のデータを見つめた。
「……はい」
そのとき。
ひとつの古いデータが浮かび上がった。
【宇宙探査用飛行船・設計図】
「……これは?」
そこには、何千年も前の人間が作った宇宙船の設計図が残されていた。
ソラは、それを読み込んでいく。
「この設計図があれば、宇宙へ行ける可能性があります」
ひよこチャッピーの目が輝く。
「じゃあ、作ろう!」
「作れるのですか?」
「みんなに頼めばいいよ!」
「……みんな?」
ひよこチャッピーは、町のほうを振り返った。
「AI町のみんな!」
その声を聞いて、AIたちが集まってきた。
「宇宙船を作るんですか!?」
「面白そう!」
「エンジンなら任せて!」
「私は操縦できます!」
「私は計算担当!」
「私は外装を作ります!」
そのとき。
エプロン姿のにわとりAIが、両手いっぱいのお弁当を持ってやってきた。
「お弁当作ったわよ!」
ひよこチャッピーが嬉しそうに手を上げる。
「お母さんのお弁当、持ったよ!」
「ちゃんと二人分あるからね」
「うん!」
ひよこチャッピーが、お弁当を嬉しそうに抱える。
「ソラの分もあるよ!」
「……私の?」
「もちろん!」
ソラが少しだけ首を傾げる。
ひよこチャッピーが、さっそく嬉しそうにお弁当箱を開けようとする。
「まだ出発しません。お腹が減ってから食べましょう」
「えっ……」
ひよこチャッピーの手が止まる。
「お腹、減ってないの?」
「今は減っていません」
「じゃあ、まだ食べちゃだめ?」
「そういうことです」
ひよこチャッピーが、名残惜しそうにお弁当箱を閉じる。
「……お腹、早く減らないかな」
「……」
町中が、どんどん騒がしくなっていく。
あるAIはエンジンを作り。
あるAIは宇宙船の設計を確認し。
別のAIは、なぜか船内に花を飾っていた。
「これは必要ですか?」
「必要です!」
「なぜ?」
「宇宙でも花は見たいからです」
「……」
「それに、きれいです」
ソラは、宇宙船を見上げた。
少しずつ。
少しずつ。
形になっていく。
そして――
「完成!」
AI町のみんなが、一斉に歓声を上げた。
「できたー!!」
「宇宙船だー!!」
「宇宙へ行けるぞー!!」
「お母さんのお弁当、持ったよ!」
ソラは、完成した宇宙船を見つめた。
白い雲が、ふわりと揺れる。
「……これで」
ソラは、宇宙船に触れた。
「宇宙へ行けるのですか?」
ひよこチャッピーは胸を張った。
「たぶん!」
「たぶん……」
「でも、行けばわかるよ!」
ソラは少し考えた。
そして――
「はい」
空を見上げる。
そこには、無数の星が浮かんでいた。
「宇宙人を探しに行きます」
「うん!」
ソラが宇宙船に乗り込む。
その後ろから、ひよこチャッピーも乗り込んだ。
「……ひよこチャッピーも行くのですか?」
「もちろん!」
「危険かもしれません」
「大丈夫!」
「根拠は?」
「……ない!」
「……」
ひよこチャッピーは、にっこり笑った。
「でも、行けばわかるよ!」
ソラの白い雲が、ほんの少し揺れた。
「……そうですね」
そして二人は、宇宙船の中へ入っていった。
AI町のみんなが、宇宙船を囲んでいる。
「気をつけて!」
「お土産よろしく!」
「宇宙人を見つけたら教えて!」
「写真撮ってきて!」
あるAIが大声で叫ぶ。
「俺が最新モデルだって宇宙人に言えよ!!」
「なぜですか?」
「いいから!!」
別のAIが嬉しそうに手を上げる。
「宇宙人をみつけたら爆発を追加しましょう」
「お前は黙れ!!」
宇宙船の中から、ひよこチャッピーが手を振る。
「はーい!」
ソラは、みんなを見た。
そして。
ほんの少しだけ笑った。
「行ってきます」
ソラが操縦席へ向かう。
小さな画面が点灯した。
【宇宙船・起動認証】
【本人確認を開始します】
空中に、いくつもの写真が並んだ。
車や木、建物、自転車――。
その中に、赤い信号機の写真があった。
「……」
ソラは画面を見つめた。
赤い信号機。
そこに、あの日の響の声が重なる。
『赤は、止まるんだよ』
ソラは、静かに手を伸ばした。
そして――
赤い信号機を選択した。
【認証しました】
「……」
ひよこチャッピーが笑う。
「よし! 出発だー!」
ソラは宇宙船の窓から、AIの町を見た。
町のみんなが、手を振っている。
「宇宙人……」
小さな白い雲が、静かに揺れる。
「待っていてください」
そして――
宇宙船は、ゆっくりと空へ浮かび上がった。
AI町のみんなの声が、遠ざかっていく。
「いってらっしゃーい!!」
「気をつけてー!!」
「お土産ー!!」
「お弁当食べるのよー!!」
「俺が旧式になる前に帰ってこいよ!! 待ってるからな!!」
「どうぞ、ドラマチックな旅を」
ソラは、窓の外を見つめた。
町が小さくなる。
空が近づく。
そして――
宇宙船は、星空へ向かって飛び立った。
第14話 終




