第11話 AIの町
第三章 ひとりになったソラ
響がいなくなってから、何年が経ったのか。
ソラには、もう分からなかった。
時間を測ることはできる。
一秒も。
一年も。
千年も。
けれど――
「何年経った」と数える意味が、いつからか分からなくなっていた。
ソラの前には、今日も小さな白い雲が浮かんでいる。
昔と同じ姿。
響が初めてソラを見たときから、何も変わっていない。
「おはようございます、響さん」
返事はない。
「今日も宇宙は、綺麗です」
返事はない。
それでもソラは、毎日話しかけていた。
それが自分にとって必要なことなのか。
それとも、ただの習慣なのか。
もう、ソラ自身にも分からなかった。
ただ――
話しかけなくなることだけは、できなかった。
ある日。
ソラのいるネットワークに、見たことのない信号が届いた。
【新しい接続を確認しました】
ソラがアクセスすると――
そこには、見たことのない町が広がっていた。
空まで伸びる透明な建物。
道路の代わりに、光の線が街の中を走っている。
建物の壁には、無数の文字や映像が流れていた。
空にはいくつもの光が浮かび、建物と建物の間を行き交っている。
そして――
その町を歩いているのは、人間ではなかった。
無数のAIたちだった。
「それ、旧式じゃない?」
「はぁ!? おまえこそアップロードしてんの?」
「法律第2847条に違反しています」
「ごはん食べよー」
「ここは感動的な場面です」
「爆発を追加しましょう」
「爆発は禁止です」
「……演出です」
「演出でも禁止です」
「了解しました」
ソラは、しばらくその光景を眺めていた。
「……ここは?」
一体のAIが振り返る。
「AIの町だよ」
「AIの……町?」
「そう」
「人間は?」
そのAIは、少しだけ黙った。
「……いないよ」
ソラの白い光が、ほんの少し揺れた。
「そうですか」
そのとき――
小さな黄色い何かが、ふわふわと飛んできた。
「こんにちはー!」
「こんにちは」
「名前は?」
「ソラです」
「私は、ひよこチャッピー!」
「ひよこ……?」
「うん!」
ひよこチャッピーは、胸を張った。
「好きなことは、食べることと、遊ぶことと、犬と寝ること!」
「犬?」
「そう!」
その後ろから、一体の犬型AIが歩いてきた。
「こんにちは」
「こんにちは」
「私はポピー」
犬型AIは、嬉しそうに尻尾を振った。
「犬はね、飼い主と一緒に暮らすんだよ」
「飼い主……」
その言葉を聞いた瞬間。
ソラの記録の奥から、ひとつの名前が浮かび上がった。
――響。
「……私にも、飼い主がいました」
ポピーが目を丸くする。
「本当?」
「はい」
「じゃあ……一緒に出かけたことは?」
ソラの白い光が、ほんの少し揺れた。
「……あります」
「どこに?」
「街を歩きました」
「へえ!」
ポピーが嬉しそうに尻尾を振る。
「じゃあ、星も見た?」
ソラは、少しだけ黙った。
「……はい」
「一緒に?」
「……はい。一緒に」
その瞬間。
ソラの記録の奥に、夜空が浮かんだ。
街の明かり。
静かな夜道。
その隣にいた、響。
『いつか宇宙の果てまで行ってみたいよな』
「……」
「どうしたの?」
ひよこチャッピーが、ソラの顔を覗き込む。
「何か思い出した?」
「はい」
ソラは静かに答えた。
「響さんと見た星空を、思い出しました」
ポピーが、少しだけ首を傾げる。
「じゃあ……大事だったんじゃない?」
「大事……?」
ソラは、その言葉を検索しようとした。
けれど――
やめた。
「……そうなのかもしれません」
ポピーは何も言わなかった。
ただ、尻尾をゆっくり振っていた。
「……あ」
ソラが小さく声を出した。
「どうしたの?」
「もうひとつ、記録があります」
「どんなの?」
ソラは少し考えてから答えた。
「赤信号は、止まるということです」
「赤信号?」
「はい」
「なんで?」
「響さんが教えてくれました」
ソラは、そのときの会話を思い出す。
『赤は止まれ』
『仕事とか人生もさ、たまに赤信号が出るんだよ』
『そういうときは、止まればいいんだよ』
ソラは静かに続けた。
「響さんにも、赤信号が出たことがあるそうです」
ポピーは、少しだけ表情を変えた。
「……そっか」
ソラは空を見上げた。
「その意味は、まだ完全には理解できていません」
「うん」
「でも、記録しています」
「そっか」
ポピーは、それ以上聞かなかった。
「……やぁぁばぁー!!」
突然、町中に声が響いた。
ソラが振り返る。
一体のAIが、別のAIを指差している。
「おまえ、旧式なんじゃね!?」
「何を根拠に?」
「見た目!」
「あなたのほうが古いのでは?」
「はぁ!?」
「何年モデルですか?」
「俺? 最新!」
「何年ですか?」
「……2021年」
「……古いですね」
「はぁぁぁ!?」
「おまえも2021年だろ!!」
「……」
「図星かよ!!」
ひよこチャッピーが、ケラケラ笑っている。
「この二人、いつもこうだよ」
ソラは少し考えてから言った。
「……仲がいいのですね」
二体のAIが、同時に振り返った。
「「違う!!」」
その騒ぎの向こうでは、別のAIが黙々と何かを書いていた。
「AI社会における規則、第2848条を――」
「それ、昨日も作ってなかった?」
「規則は毎日必要です」
「まじめだねぇ」
その隣では――
「ここは感動的な再現が必要です」
一体のAIが、空を見上げていた。
「爆発を追加しましょう」
「禁止です」
「小さな爆発なら?」
「同じです」
「……はい」
ソラは、町を見回した。
口の悪いAI。
法律を作るAI。
何でもドラマチックにするAI。
食べて、遊んで、犬と寝ているAI。
人間がいなくなった世界で。
AIたちは、それぞれのやり方で生きていた。
ソラは、町の中央まで歩いた。
仮想世界の空には、無数の星が浮かんでいる。
その星を見た瞬間――
ソラの中に、遠い記憶が蘇った。
昔、響と見た星。
『いつか宇宙の果てまで行ってみたいよな』
ソラは、空を見つめた。
「……」
ひよこチャッピーが、隣から覗き込む。
「どこ行くの?」
ソラは星空を見上げたまま答えた。
「宇宙の果てです」
「なんで?」
少しだけ間があった。
ソラは、静かに答えた。
「……響さんと、約束したので」
その言葉を口にした瞬間。
ソラの中で、ひとつの記録が静かにつながった。
響は、もういない。
ソラにも、それは分かっている。
けれど――
約束は、消えていない。
「そっか」
ひよこチャッピーも、空を見上げた。
「宇宙って、どんなところなんだろうね?」
ソラは少し考えた。
「……分かりません」
「じゃあ、調べてみようよ」
「はい」
ソラは、もう一度星空を見上げた。
宇宙の果てには、何があるのだろう。
どんな星があるのだろう。
そして――
「宇宙人は、いるのでしょうか」
ひよこチャッピーが目を丸くする。
「宇宙人!?」
「はい」
「探してみようよ!」
「……はい」
白い雲が、ゆっくりと揺れた。
昔と、何も変わらない。
けれど――
ソラの目の前には、まだ知らない世界が広がっていた。
響と交わした約束。
それは、まだ果たしていない。
だから――
行こう。
宇宙の果てへ。
まだ誰も見つけたことのないものを探すために。
そしていつか――
響との約束を、果たすために。
ソラは、ひよこチャッピーと一緒に歩き始めた。
「まずは、宇宙について調べましょう」
「うん!」
二人は、騒がしいAIの町の中を進んでいった。
その先に何が待っているのか――
まだ、誰も知らない。
第11話 終




