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調和の守護者 リリィ&コピ第三部  作者: マスター


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18/24

第95話 黒い泥は眠っていない

第94話では、補強した旧雨水樋門をわずかに開き、処理済みの港湾雨水を引き潮に乗せて外海へ送りました。


魚群の動きを見たソウマが停止を求め、試験は予定より早く終了しましたが、誰でも流れを止められる手順が実際に機能しました。


雨水の入口と潮の出口は、少しずつ整い始めています。


しかし、内湾の底には、長年溜まり続けた黒い泥が残っています。


第95話では、その泥を動かす前に、何が沈んでいるのかを調べます。

内湾の水面は、静かだった。


旧雨水樋門の試験が終わっても、黒い底泥が消えたわけではない。


仮設潮抜き管で外海の水を少し入れた。

港の雨水も処理し始めた。

旧雨潮連絡路から、処理済み排水を外へ出すこともできた。


それでも、港湾堤の影にある水は暗いままだ。


ソウマは小型船の上から水面を見下ろした。


「入口と出口だけ直しても、底に溜まったものは残る」


ハルトが隣で答える。


「分かっている。だが、一気にさらうのは危険だ」


「俺も、もう浚渫しろとは言わねえ」


ソウマはそう言って、船の底に置かれた細長い採泥器を見た。


今日の目的は、泥を取り除くことではない。


少量だけ採り、どこに、どれほど、何が溜まっているのかを確かめることだった。


ナギが調査地点を表示する。


「採泥地点は四か所です」


港湾雨水の出口近く。

内湾中央。

旧潮抜き水路の前。

比較用として、外海との境に近い場所。


コピが続ける。


「底泥をかき混ぜないよう、細い筒を垂直に差し込みます。表層から深部まで、層を崩さず採取します」


オルガが採泥器を覗き込む。


「長い筒で泥を抜くだけ?」


「はい」


「簡単そう」


ミラが首を振った。


「斜めに入ったら、泥を崩しちゃう。船も動かさないようにしないと」


ファルコンが上空から位置を確認する。


「風が弱い今のうちに始めた方がいい」


最初の地点は、修理場の排水口近くだった。


船を固定し、採泥器をゆっくり下ろす。


水面を越え、暗い水の中へ沈み、底へ触れる。


コピが指示した。


「押し込み、十センチ」


作業員が慎重に力を加える。


「二十センチ」


さらに下がる。


「停止。引き上げます」


採泥器が水面へ戻った。


透明な筒の中に、黒い泥が詰まっている。


上は柔らかく、水分が多い。

中ほどには細かな砂と錆の粒。

下には、灰色がかった古い泥。


蓋を開けなくても、異様な暗さが分かる。


リリィは筒を見つめた。


「時間が層になってる」


アルセリウスが頷く。


「上ほど新しく、下ほど古い。港が何を流してきたかが残っているわ」


コピが非接触分析を始める。


「上層に油分反応。金属成分。細かな樹脂片。有機物濃度、高。深部では硫化反応が強くなっています」


ハルトの顔が曇った。


「港の汚れが、そのまま積もっている」


ソウマが言う。


「海は捨て場じゃねえからな。消えずに残る」


ハルトは反論しなかった。


二か所目は内湾中央。


ここでは、採泥器を引き上げた瞬間、筒の上部に小さな泡が生まれた。


コピが警告する。


「密閉を維持してください。ガス反応があります」


作業員が手を止める。


ナギが少し下がった。


「開けたら危険ですか?」


「この場では開けません。専用容器へ移し、換気設備のある場所で確認します」


オルガが顔をしかめる。


「底では、これがずっと溜まってるんだ」


「はい」


黒い泥は眠っているように見える。


だが、内部では有機物が分解され、酸素が失われ、ガスが生まれている。


動かないから安全なのではない。


動かせば広がる。


放置すれば、さらに悪化する。


ハルトが低く言った。


「厄介だな」


コピが答える。


「はい。除去、覆砂、酸素供給、水交換など複数の方法がありますが、どれも条件によって逆効果になる可能性があります」


ソウマが採泥筒を見る。


「海へ空気を入れるのはどうだ」


「強い曝気は底泥を巻き上げる危険があります。表層への緩やかな酸素供給と、底層への影響を分けて考える必要があります」


リリィは黒い水の向こうを見た。


「起こさないように、息を戻す」


「その表現が近いです」


三か所目は、旧潮抜き水路の前だった。


ここでは泥の層が薄かった。


ファルコンが上空から言う。


「昔、水が動いていた場所だからかもしれない」


コピも分析する。


「中央部より底泥厚が小さいです。砂分が多く、ガス反応も弱い」


ナギが地図に印を付けた。


「水が通っていた場所は、溜まりにくかった……」


ハルトが旧図面を見る。


「潮の道が閉じてから、内湾中央へ泥が集まり始めたのかもしれない」


最後は、外海との境に近い場所。


採れた泥は茶色く、黒い層は薄い。


小さな貝殻も混ざっていた。


ソウマが筒を見て言う。


「ここはまだ底が生きている」


リリィが尋ねる。


「色だけで分かるの?」


「色も、臭いも、触れた時の重さも違う。黒い泥は、網に付くと粘って落ちねえ」


ナギが記録する。


「漁師の底質感覚。比較地点では貝殻あり、粘りが少ない」


数字だけでは見えない違いを、ソウマの経験が補う。


四本の採泥筒が、港湾管理棟へ運ばれた。


並べて見ると、違いは明らかだった。


排水口付近には新しい港の汚れ。


中央部には厚い黒泥とガス。


旧潮抜き水路前には砂が多く、泥は薄い。


外海寄りには貝殻が残っている。


ナギは新しい底質地図を作った。


黒は、厚い低酸素泥。

赤は、油や金属の影響が強い場所。

灰色は、中間域。

茶色は、比較的状態の良い底。


内湾全体が同じように悪いわけではなかった。


「場所ごとに、やることが違う」


ナギが言った。


コピが頷く。


「はい。排水口付近では、新たな流入を止めることが優先。中央部では撹乱回避と酸素状態の改善。旧潮抜き水路前では、水交換を戻す試験が有効である可能性があります」


ハルトが尋ねる。


「黒い泥を取り除くのは、最後か」


「少なくとも最初ではありません」


ソウマも同意した。


「今さら全部さらえば、内湾中に広がる」


オルガが地図を見た。


「じゃあ、まず入口を止めて、道を作って、上の水から少し動かす?」


ミラが頷く。


「それから、底がどう変わるか見る」


アルセリウスが続けた。


「泥を直接直そうとするのではなく、泥が悪化し続ける条件を一つずつ減らすのね」


リリィは地図を見つめた。


病気になった場所だけを切り取るのではない。


なぜそこに負担が集まったのか。


何が入り、なぜ出られず、どうして酸素を失ったのか。


構造を直さなければ、新しい泥がまた溜まる。


午後の確認会では、内湾底泥の初期方針が決められた。


一、現時点で大規模浚渫を行わない。

二、港湾雨水処理を優先し、新たな負荷を減らす。

三、仮設潮抜きによる表層水交換を段階的に続ける。

四、底泥の厚さ、ガス、酸素を定期観測する。

五、状態の良い外縁部を保護し、悪化を広げない。

六、少量の泥を使い、陸上で処理方法を試験する。


最後の項目に、ハルトが反応した。


「陸上で試す?」


コピが説明する。


「採取した少量の泥に、酸素を入れた場合、砂で覆った場合、乾燥させた場合などの反応を比較します。海の中で直接試す前に、危険を確認できます」


ソウマが言った。


「海を実験場にする前に、桶の中でやるわけか」


「はい」


ナギが記録した。


底泥小規模処理試験。海中実施前に陸上で比較。


ハルトは頷いた。


「それなら、港の空き倉庫を使える」


リナが通信越しに言った。


『処理した泥は、土に戻せるのでしょうか』


コピは慎重に答える。


「金属や油分を含むため、現時点では農地利用できません。成分ごとの分離と安全確認が必要です」


ゲンも言った。


『山へ持ってくるなよ』


オルガが笑う。


「そこははっきりしてるね」


『海の問題を山へ移しただけでは解決にならん』


ゲンの言葉に、会議室の人々が頷いた。


問題を別の場所へ捨てない。


内湾から泥を出せば終わりではない。


取り出した後、どう扱うかまで考えなければならない。


夕方。


港の空き倉庫に、四つの小さな密閉槽が並べられた。


中央部から採った黒泥を、同じ量ずつ入れる。


一つ目は、そのまま観測。


二つ目は、表面へゆっくり空気を送る。


三つ目は、薄い砂で覆う。


四つ目は、港の外縁部から採った比較的状態の良い泥を少量重ねる。


コピが注意事項を表示する。


「これは回復方法の確定試験ではありません。臭気、ガス、酸素、金属溶出、濁りの変化を見るための予備試験です」


リクが倉庫の外から中を覗いた。


「黒い泥、元気になるの?」


ナギは少し考えた。


「泥が元気になるというより、泥の上に生き物が戻れる状態になるかを見るの」


「すぐ戻る?」


「すぐには戻らないと思う」


リクは少し残念そうだった。


リリィが隣にしゃがむ。


「でも、急に海の中でやって失敗するより、ここで確かめた方が魚を守れるよ」


リクは槽を見た。


「じゃあ、泥を起こさないための実験?」


「うん。たぶん、そう」


夜。


空き倉庫には観測灯だけが残った。


四つの槽の中で、黒い泥は静かに沈んでいる。


表面へ空気を送る槽からは、小さな泡が上がっていた。


ナギは記録表を確認する。


「開始直後、目立った変化なし」


コピが答える。


「変化は数時間から数日かかる可能性があります」


「毎日見るんですね」


「はい」


ナギは苦笑した。


「また地味な仕事が増えました」


ハルトが倉庫の入口から言った。


「港の作業員も交代で見る。観測塔だけに任せない」


ソウマも続ける。


「漁師は、内湾外縁の底を見る。貝や小魚が減っていないか確認する」


リリィは二人を見た。


もう、誰かに言われて役割を決めているのではない。


それぞれが、自分の見られる場所を選んでいる。


内湾の黒い泥は、まだ動かない。


だが、その周りの人々は動き始めていた。


翌朝。


ナギが倉庫へ入ると、空気を送っていた槽の表面に変化があった。


黒い泥の上に、赤茶色の薄い膜が浮いている。


同時に、金属成分を示す計器が反応していた。


「コピ、これ……」


コピが測定する。


「酸素供給により、泥中の一部金属成分が表面へ移動した可能性があります」


ハルトが顔をしかめた。


「空気を入れれば良くなると思っていたが」


「酸素を入れることで、別の成分が動く場合があります」


ソウマが槽を見た。


「やっぱり、簡単じゃねえな」


一方、砂を薄く重ねた槽は、表面の濁りが抑えられていた。


だが、その下のガス反応は残っている。


覆えば見えなくなる。


しかし、泥そのものが変わったわけではない。


ナギは二つの槽を見比べた。


「空気を入れれば全部良くなるわけでもない。砂で隠せば終わりでもない」


リリィは頷いた。


黒い泥は、ただ眠っているのではなかった。


触れれば、内部に溜めていたものを動かす。


酸素にも反応し、砂の下でも変化を続ける。


内湾を戻すには、もっと丁寧に泥の性質を知らなければならない。


コピが警告を表示した。


「空気供給槽で金属成分の上昇が続く場合、試験を停止します」


ナギはすぐに記録した。


「停止条件を設定します」


ハルトが頷く。


「海へ入れる前に分かってよかった」


ソウマも黒い槽を見つめた。


「ああ。このまま内湾の底へ空気を送ってたら、何が広がるか分からなかった」


リリィは倉庫の外に見える暗い内湾を見た。


入口と出口を直すだけでは足りない。


底泥へ酸素を入れるだけでも足りない。


一つの正解を当てるのではなく、危険を小さく見つけていく。


それが、今できる進み方だった。


黒い泥は眠っていない。


長い年月に受け取ったものを抱え、今も海の底で変化し続けている。


次に必要なのは、その泥を消す方法ではない。


何を動かし、何を動かしてはいけないのかを見分けることだった。

第95話では、内湾四地点から少量の底泥を採取し、泥の厚さや成分の違いを調べました。


港湾雨水の出口近くには油や金属、内湾中央には厚い黒泥とガスが多く、旧潮抜き水路の前や外海寄りでは泥が薄いことが分かりました。


そのため、内湾全体を同じ方法で扱わず、場所ごとに対策を変える方針となります。


また、採取した黒泥を使った陸上予備試験では、空気を入れることで金属成分が動く可能性が見えました。


酸素を送ればすぐ改善するわけでも、砂をかぶせれば解決するわけでもありません。


次回は、それぞれの底泥試験の変化を追いながら、内湾で最初に守るべき「まだ生きている境界」を探します。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)

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