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集宴-虚ろなる祈りの果て-  作者: くゆー(蜘蛛蘭燈)
海底の扉

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Futurum

 龍二が、扉の前に立つ。

 錆びた金属の表面。


 触れる前から、嫌な予感がまとわりつく。

「……行くぞ」

 短く言う。


 手をかける。

 押す。

 ——重い。


 内側から何かが張り付いているような感触。


 ゆっくりと、隙間が開く。

 その瞬間。

 臭いが、漏れ出した。


 腐敗。

 湿り気。

 温度のある空気。

「っ……」


 息を止める。

 だが、龍二は止まらない。

 そのまま、扉を押し切った。


「……入るぞ」

 一歩、踏み込む。

 床が、軋む。

 境界を越えた瞬間——


 空気が、腐っていた。

 鼻腔に流れ込む。

 血と肉が時間をかけて崩れた臭い。


「なんや、これ……」

 龍二の声が低くなる。

 大牙も、続いて中へ入る。


 靴底が、ぬるりと滑る。

(……濡れてる?)


 視線を落とす。

 黒ずんだ床。

 染み。

(……血か)

 理解した瞬間、

 喉が、強く締まる。

 呼吸が浅くなる。


 視界が、わずかに揺れる。

 逃げたい。

 だが、動けない。


 視線が、上がる。

 そこには——


 人が、倒れていた。

 一人ではない。

 何人も、折り重なり、転がるように、放置されている。


 皮膚は干からび、 骨が浮き出ている。

(……死体)

 理解は、できた。


 だが——

 言葉が出ない。 声にならない。

「……っ」

 喉の奥で、音が潰れる。

 無理やり、飲み込む。

 押し殺す。それでも、身体は確かに拒絶していた。

「……破炭」


 龍二の声。

 現実に引き戻す声。

「無理すんなよ」


「……はい」

 掠れた返事。

 大牙は、必死に呼吸を整える。

 立っているだけで精一杯だった。


 一方で。魚名が横を通る。

「ようけ転がっとるのう」

 軽い声だった。

 まるで、ただの魚でも見ているような調子。

(……この人)

 違和感が残る。


 だが今は、それどころではない。

「破炭」

「はい」

「奥、見てこい」

「こっちは俺らで見る」

 迷いのない指示。


 大牙は頷き、その場を離れる。

(……助かった)


 空気が、少しだけ軽くなる。

 歩く。

 壁に、地図がある。

 古びた世界地図。

(……使えないな)

 視線を移す。


 箱が二つ。

「ペッパー……ウォーター……」

 ラベルを読む。

(……腐ってる)

 さらに奥へ。


 扉。

 窓がついている。

 外が見える。

 覗く。

 暗い。

 星がない。

 風もない。

(……おかしい)


 じっと見る。

 その時。

 揺れた。

 空間が。

 水面のように。

(……海の中?)

 背筋が冷える。

 あり得ない。

 だが、

 否定できない。

「……おい」

 龍二の声が響く。


 大牙は振り返る。

「……戻るぞ」

 短い言葉。

 それだけで十分だった。

 全員が、その場を離れる。

 腐臭が、遠ざかる。

 そして——

 気がつけば。


 元の部屋に戻っていた。

 静かな空間。

 何もなかったはずの場所。

 だが——

 額縁に、変化があった。

 一つ、絵が増えている。

 男が、食事をしている。

 スープ。

(……さっきの)

 次の額縁。

 崖から落ちる人影。

 最後の額縁。

 黒い背景に、

 赤い、意味を持たない印。


(……繋がっている)

 理解しかけた、その瞬間。

 言葉にできない違和感だけが、胸に残った。



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