スープ
美味しい
美味しいスープはいかがかな?
フーフー( ゜³゜)=3
鍋の中で、赤い液体が静かに揺れていた。
湯気が立ち上る。
濃く、重たい香りが、鼻腔にまとわりつく。
(……食えるな)
大牙は、そう判断した。
毒の気配はない。
腐敗も感じない。
むしろ——
(……うまそうだ)
その感覚の方が強い。
「どうだ?」
龍二の声が背後から飛ぶ。
「……問題はなさそうです。食べられると思います」
「なら、食うぞ」
龍二は迷わなかった。
棚から器を取り、スープをよそう。
「ほら」
差し出される。
大牙はそれを受け取った。
手に、熱が伝わる。
(……普通だ)
見た目も、匂いも、温度も。
すべてが、正常に思える。
それでも——
(……何かが、引っかかる)
「冷めるぞ」
短い言葉。
大牙はスプーンを取る。
赤い液体をすくう。
一瞬だけ、
揺れが遅れて見えた気がした。
(……気のせいか)
口へ運ぶ。
舌に触れる。
——濃い。
深いコク。
わずかな苦味。
(……違う)
うまい、というより——
(……馴染む)
飲み込む。
熱が体の奥へ落ちていく。
まるで、元からそこにあったものが
戻ってきたような感覚だった。
「どうだ?」
「……うまい、です」
素直に答えた。
一瞬の沈黙。
「は?」
龍二が眉をひそめる。
「何言うてんねん。これ……」
スプーンを口に運ぶ。
そして、止まる。
「……なんやこれ」
明らかに表情が変わった。
「苦いとかやない……なんもないぞ?」
味がない。
いや、味として認識できない。
「おっちゃんも……」
魚名が口にする。
ゆっくりと飲み込む。
少しだけ、首を傾げる。
「……分からんのう」
「は?」
龍二が振り向く。
「不味いとかやなくて、分からんのう」
困ったように笑う。
「食っとる気がせん」
(……そんなはずはない)
大牙は、もう一口飲んだ。
確かにある。
味も、温度も、重さも。
(……ある)
(……いや、“分かる”)
はっきりと。
なのに——
二人は、それを感じていない。
「お前だけか?」
龍二が睨む。
「……その、感じてるの」
「……みたいです」
言いながら、
自分の声がわずかに遠く感じた。
(……なんだ、これ)
違和感が、ゆっくりと形になる。
同じものを食べているのに
結果が違う。
それは偶然ではない。
——その時だった。
視界の端で、何かが動いた。
「……?」
振り向く。
元の部屋。
額縁のある場所。
そこに——
変化が起きていた。
新しい絵が、浮かび上がっている。
輪郭が生まれ、
色が入り、
形が完成する。
それは——
男が、食事をしている絵だった。
テーブルに座り、
スープを口に運んでいる。
(……同じだ)
自分たちと、
まったく同じ構図。
「……なんや、これ」
龍二が低く呟く。
その瞬間。
隣の額縁にも変化が走る。
黒が広がり、
赤い線が走る。
描かれていく。
ゆっくりと。
逃げ場を塞ぐように。
完成したのは——
崖から落ちる、人影だった。
歪んだ姿勢。
落下の途中。
(……繋がっている?)
思考が追いつかない。
そして最後の額縁。
黒い背景。
その中心に、
赤い印。
意味を持たない形。
だが——
目を逸らせない。
(……見てはいけない)
本能が、そう告げていた。
部屋は変わっていない。
だが——
確実に、
何かが進んでいる。
戻れない方向へ。




