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集宴-虚ろなる祈りの果て-  作者: くゆー(蜘蛛蘭燈)
IF 溢れ落ちた祈り

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19/20

診療所

大変お待たせしました┏○ペコッ

住宅街の奥へ建つ、小さな診療所の前へバイクが止まった。

看板の蛍光灯は半分切れていて、古びた建物の壁には雨水の跡が残っている。


けれど窓から漏れる灯りだけは、やけに温かかった。

エンジンを切る。

さっきまで響いていた重低音が消え、夜の静けさだけが残った。


「……ここか」


「ん。先生のおうち」

後ろから降りた亜利亜は、タブレットへ揺れる白猫のストラップを嬉しそうに指先で揺らした。

ちゃり、ちゃり。


小さな音。

大牙はヘルメットを外しながら、その様子をぼんやり見つめる。

なんだか。

本当に普通の女の子みたいだった。

怪異だとか。

海底だとか。

呪いだとか。

そんなものとは無縁に感じる。


「お前、ほら。先生に怒られねぇうちに、それ片付けとけよ」


「ん」

タブレットケースへ白猫を付け直す。

ちゃり、と小さな音。

その時だった。

診療所の扉がガラリと開く。

白衣姿の桐上が、呆れた顔でこちらを見ていた。


「……刻野。君はまた勝手に出歩いて」


「ただいま、先生」


「まったく……」

深いため息。

けれどその目は、ほんの少しだけ安堵していた。

そして桐上の視線が、大牙へ移る。

眼鏡の奥の目が、ふっと細まった。


「……君もご苦労だったな」


「いや、まぁ……成り行きで」


「成り行きで送り届けている、時点で十分お人好しだと思うがね」


「そうですか。?」思わず苦笑する。

すると桐上は、大牙の左腕へ一瞬だけ視線を落とした。

その空気が。

ほんの僅かに変わる。


夜風が吹き、雨が強く降り始める。

冷たい。


大牙は無意識に、疼く左腕を軽くさすった。

その仕草を、桐上は見逃さなかった。


「……中へ入りなさい」


「え?」


「話がある」

淡々とした声。

けれど、有無を言わせない響きだった。

大牙は少しだけ眉を寄せる。


その横で。亜利亜だけが、白猫のストラップを揺らしながら、どこか嬉しそうに小さく笑っていた。



診療所の待合室は、 夜という事もあるだろうか、壁掛け時計の秒針だけが、 やけに大きく響いている。


桐上はキッチンの奥で、 手慣れた動きでコーヒーを淹れていた。

珈琲の香りが、 診察室の中にゆっくり広がっていく。


「……なんつーか。 病院ってより、普通に家なんだな。」


「ん。先生のおうち」

トコトコと奥へ入っていく亜利亜。

その背中を見ながら、 大牙は少しだけ視線を泳がせた。

歳も近い男女。

同じ家。

普通なら、 そういう関係だと思う。


「……あー。 やっぱ気になったから聞くけど」


「ん?」と小首を、傾げる亜利亜


「お前ら、付き合ってんの?」

数秒後、亜利亜はきょとんと瞬きをしたあと。

首をこてんと再び傾げた「……? 先生は先生だよ?」


「いや意味分かんねぇよ」

「ごはん作ってくれるし、お家にいてくれる」


「それ保護者じゃねぇか」

思わず吹き出した、その時。

桐上が、 二人の前へコーヒーカップを置き大牙へと声をかける


「……単刀直入に言おう」


空気が少し変わる。

亜利亜だけが、 変わらず白猫ストラップを眺めていた。

「君の左腕。 まだ冷たいままだろう」


大牙の肩が、 わずかに止まる。

「……」

「半年前の海難事故。」「これ、破炭大牙 君のことだろう?」とパソコンのモニターをこちらに向ける。 そこには、大牙の事故記録が写しだされている。

「そして、旧道の神社」


視線が、 大牙の左腕へ落ちる。

「…なにか……知っていのですか…?」。

絞りだした、声は僅かに震えていた。


寒い。


今はそう感じているのは、雨で濡れたせいなのか、それとも…

「君は既に、 あちら側から“観測”されている」


診療所の時計が、 カチ、カチと小さく秒を刻む音が室内に鳴り響く。

「……観測?」

「普通なら、 あの神社で異形へ触れられた時点で終わっている」

「……終わってるって、 縁起でもないですね。」


「だが君は生還した。 それ自体が異常なんだ」

静かな声だった。


だが。

医者としてではなく。

もっと別の、 深い恐怖を知っている人間の声だった。


「……」

無意識に、 左腕を握る。

冷たい。

ずっと。

海の底のままみたいに。


「このまま侵食が進めば、 君は人間ではいられなくなる可能性がある」

沈黙。

診療所の空気が、 少しだけ重くなり始めた。その時

「先生」ぽつりと亜利亜がこぼす。


「大牙、お腹すいてる」

「……」頭を抱える直斗

「は?」と呟く大牙


「さっきからずっと、 お腹すいてる音してる。」

数秒の沈黙そして。直斗は深くため息を吐いた。


「……遅い時間だ。 君も、食事くらいしていきなさい」

「……え?」

「刻野一人では、 また栄養の偏ったものしか食べない」

「ココアは栄養あるよ?」

「ない」即答だった。


大牙は思わず吹き出す。

「ハハッ……。 なんだよあんたら」

診療所の白い空気へ、 小さな笑い声が溶けていった。


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