お買い物
診療所の白い空気へ、 小さな笑い声が溶ける。その温度が。
大牙には少しだけ、 くすぐったかった。
その後。
三人は近所のスーパーへ向かう事になった。
外へ出ると、 雨はすっかり弱まっていた。
濡れたアスファルトが、 街灯をぼんやり反射している。
大牙は無意識に、 左腕を擦った。
冷たい。海の底へ、 腕だけ置いてきたみたいに。
「……痛むのか?」
「……まぁ。 雨の日は特に」
「そうか」
それ以上は聞かなかった。けれど。
視線だけが、 静かに左腕を見ていた。
夜のスーパーは、 仕事帰りの客がちらほらいる程度だった。
買い物カゴを持った亜利亜が、 トコトコと店内を歩き回る。
その姿は、 背だけ見れば綺麗な大人なのに。
やっている事は、 完全に子供だった。
「今日はカレーだよ!!」
「テンション高ぇな」
「カレーすき」と言いながら、亜利亜は肉売り場へ駆けていき、そして
「あ、おっきいお肉!」
「子供かお前は」
「先生、私ね。 おっきいお肉のカレーがいい!」
「予算を考えろ」
「あとチョコ入れるとおいしいってテレビで」と言いながら、亜利亜は、チョコをお菓子売場から持ってくる。
「入れない、戻してきなさい」
即答である。「ぶぅー」と亜利亜はふくれ
大牙、小さく笑いをこぼす。
「どのルーにするか、決めようか」
とブツブツと呟きながら、桐上はカレールーの棚の前で、 真剣な顔をして箱を見比べている。
「おい先生。 本当にあんた作るんだな?」
「……何か問題でも?」
「念のため言っとくけど、 俺に手ぇ貸せとか言うなよ」
「なぜだ?」
「俺が包丁持つと、 大抵の食材は炭化するか、 どす黒いナニカに変わる」
「どす黒いナニカ」
「実験失敗じゃねぇぞ? 料理の話だ」
「余計な気を出すな。 君の料理が危険物なのは、 そのガサツな性格を見るまでもない」
「ひでぇ言い草だな、おい!」
「それに、 刻野へ包丁を持たせるなど、 我が家のキッチンに対するテロ行為だ。 消去法で私がやるしかないだろう」
「私、玉ねぎなら切れるよ?」
「前回、 まな板ごと切ろうとした人間の台詞ではない」
「何やってんだお前」
そんな男二人の、 不器用すぎるやり取り。
少し前を歩いていた亜利亜が、 ふっと足を止めた。
手元には、 さっきゲームセンターで大牙に取ってもらった、 白猫のストラップ。
それが、 タブレットケースの端で小さく揺れている。
自分のために、 冷や汗をかきながら車を出し。
不器用ながらに、 夕飯を作ろうとしてくれている先生。
ぶつぶつ文句を言いながらも、 ちゃんと隣を歩いてくれる大牙。
その、 どうしようもない男たちの温かさが。
亜利亜の胸の奥を、 じんわり満たしていく。
「……ふふっ」
「ん? なんだよ亜利亜、急に立ち止まって。 肉ならあっちだぞ」
何気なく振り返った大牙は。
次の瞬間。
言葉を失った。
亜利亜が、心の底から嬉しそうに。
花が咲くみたいな笑顔で、 こちらを見ていたからだ。
近くで割引シールを貼っていた店員が、 思わず手を止める。
野菜売り場のおっさんが、 ネギを持ったまま固まる。
それくらい。
彼女の笑顔は、 綺麗だった。
「──っ」
心臓が、 ドクンと跳ねた。
大牙は真っ赤になった顔を隠すように、 ツナギの首元を乱暴に引っ張る。
「……お前、 そういう顔、外でやたら見せんなよ」
「え?」
「……心臓に悪ぃだろ」
「……そういう顔?」
きょとんと瞬きをする亜利亜。
けれど。耳まで真っ赤になった大牙を見て。
彼女は、 どこか嬉しそうに目を細めた。
「……ん。 じゃあ、大牙にだけ。…あっ後ね、先生にも」
「あーもう分かった分かった! ほら、肉買うぞ肉! 先生、置いてくぞ!」
「……? なぜ急に君が仕切り始めるんだ」
「いいから早く来いって!」
また溜まりしだいだしていきます。




