魚釣り
夜の海は、静かだった。
波の音。一定のリズム。
(……普通だ)
そう思える。
そう思おうとする。
龍二が、隣で竿を持っている。
「釣れねえなあ」
「それさっきも聞きましたよ、風見さん」
「更新された“釣れねえ”だから」
「アップデートいらん」
小さく笑いが落ちた、少し離れた場所。
もう一人の 人影。
水面を覗き込んでいる。
「……あいつ、知り合いですか?」
「魚名だよ」
「この辺じゃ顔見るやつ」
魚名が振り返る。
「釣り、しちょるん?」
柔らかい声。
「なら、おっちゃん船もっとるし」
軽く海を指す。
「沖、出るか?」
「はっ?、いきなり?」
龍二がきれる。
「そのテンションで沖は強すぎるだろ」
「しかも夜だぞ」
魚名は気にした様子もなく続ける。
「今な、潮がちょい外に流れとる」
「このままやと、ここは当たらん」
さらっと言う。
断言に近い。
「いや、さっきから当たってないのは事実だけどさ」
龍二が竿を持ち直す。
「そんなピンポイントで分かるもんなのか?」
「長いことやっとると分かる」
魚名は短く答える。
「あと30分もすれば完全に止まる」
「今動いとるうちに行った方がええ」
少しだけ間。
龍二が苦笑する。
「言ってることはそれっぽいな」
「でも知らんやつの船ってのがな」
「警戒ポイントそこか」と大牙が言う
魚名が小さく笑い 。
「別に無理にとは言わん」
「ただ、今行けば釣れる」
「行かんかったら、今日はそのままや」
はっきり言い切る。
選択だけが残る。
龍二が大牙を見る。
「どうする?」
軽い調子。
だが、判断を委ねている。
大牙は海を見る。
波は変わらない。
当たりはない。
(……理屈は通ってる)
そして、口を開く。
「まあ……」
一拍。
波の音が、やけに静かに聞こえる。
「そこまで言ってくれるなら」
少しだけ笑って
「お言葉に甘えて、乗せてもらいます」
言い切る。
「マジか」
「じゃあ行ってこい、成果だけ持って帰ってこい」
「プレッシャーかけんな」
軽く返す。
魚名は頷く。
「すぐ戻るよ」
それだけ。
船は、すぐそこにあった。
大牙が船へ足をかける。
そのすぐ後ろで
「……はあ、しゃーねえな」
龍二がため息をつく。
「一人で行かせて、なんかあったら笑えね」
ぼやきながら、
同じように船へ乗り込む。
「俺も行く」
軽く言い訳するように言う。
足元が揺れる。
木の感触。
同じ船の上。
同じ高さに、二人立っている。
魚名が振り返る。
「二人とも乗るんじゃな」
「そっちのが安心だろ」
龍二が肩をすくめる。
それだけの会話。
だが、もう降りる理由は、どこにもない。
小さな漁船、足を乗せる波で、揺れる。
木の感触。現実だ。
ちゃんと、現実。
魚名がエンジンをかける。
港を離れる。船は動きだす。その波で大牙は、ふらつく
「落ちんなよー!」
風見が手を掴む。
「あっ、すみません」
大牙が返す。
「おちたら、お前の竿だけ回収する」
「それもう業者!」
笑いが残る。
そのまま港から離れていき 距離が開く。
沖へとついた、エンジンが止まる。
音が消える。
静寂。
さっきの会話が、ふっと消える。
「ここ、ええぞ」
「やってみな」
言われるまま、竿を出す。
投げる。糸が沈む。
暗い海の中へ。
すぐに、違和感。
糸が、張る。
重い。早すぎる。
「……ん?」
引く。
抵抗はない。
だが、確かに、何かがいる。
水面が歪む。
波が、広がらない。
集まる。
一点に。
水が、開く。
音もなく。
現れる。
形が、定まらない。
魚でも、イカでもない。
ただ、そこにある。
見ている。こちらを。
「……っ」
息が止まる。
その時。
「お、当たりか?」
魚名の声。
普通の声。
すぐ横から。
振り返る。
魚名は、変わらない顔で、こちらを見ている。
海は、ただの海に戻っている。
「……いや」
手元を見る。
仕掛けだけが、揺れている。
何もない。
「空振りか」
「今日は渋いなあ」
魚名が笑う。
何もおかしくない。
なのに。
左腕が、わずかに、
疼く。内側で、何かが
応えるように。
原作(TRPG版)ではイカ釣りと言ってました。




