水面
エンジン音が、現実を繋ぎ止めていた。
冷たい風が当たる。
さっきまでの湿った空気とは違う。
ちゃんとした、夜だ。
(……戻ってきた)
そう思う。
そう思えるだけの材料は、揃っている。
道。
街灯。
海。
波の音。
今度は、ちゃんと聞こえる。
一定のリズムで、繰り返されている。
当たり前の音。
それが、やけに安心する。
バイクを止める。
港。
見慣れた場所。釣り人の姿も、
いくつか見える。
日常だ。
さっきまでのものとは、切り離された場所。
「……はぁ……」
ヘルメットを外す。
息が白くなる。
手が、まだ少し震えている。
だが、落ち着いてきている。
(……夢、か)
そう考えるには、あまりに、現実味のない出来事。説明がつかない。
だから、そうするしかない。
左腕に触れる。
冷たい。
それだけ。
傷も、腫れもない。
「……気のせい、か」
小さく呟く。納得はしていない。
だが、考え続ける理由もない。
視線を上げる。
海。
暗い。
だが、穏やかかだ。
何もないように見える。
普通の海。
(……普通、だよな)
一瞬、違和感が走る。
波の動き。
光の反射。
何かが、“合っていない”気がした。
だが、次の瞬間には、分からなくなる。
考えすぎ。
そう片付ける。その時。
少し離れた場所に人影があった。
埠頭の端に一人 、釣りをしている。
(……人がいる)
それだけで、少し安心する。
現実の証明みたいなものだ。
歩く。
ゆっくりと。
距離が、縮まる。近づくほど、輪郭がはっきりする。
男。
背中を向けている。
竿を持っている。
動きは、普通だ。
何も、おかしくない。
そのはずなのに。
足が、わずかに止まる。
(……なんだ?)
理由はない。
だが、ほんの少しだけ、近づいていけないと感じる。
(…今は…それより 人と関わりたい…)
そして、声をかけた。
「……釣れてますか?」
男が振り向く。
顔が見える。
「あっ?」
「見りゃ分かるだろ、全然だよ」
ぶっきらぼうな声。
普通の返事。
それで、十分だった。
現実だ。ちゃんと、ここにある。
名前を聞いた 。風見龍二。
どこかで聞いた気がする。
だが、それ以上は続かない。
会話が続く。
何でもない話。
釣れないこと。
潮の流れ。
時間、普通の、やり取り。
それが、やけに、安心する。
だが。
ふと。
海を見る。
水面。
揺れている。
その中に、一瞬だけ、何かが見えた気がした。
目。
こちらを、見ている。
「……いや」
瞬き。
消える。
ただの波。
何もない。
錯覚。
そう思う。
そう思うしかない。
左腕。
また、触れる。
冷たい。
それだけ。
なのに。わずかに、内側で、何かが、動いた気がした。
気のせい。
そう、思い込む。
海は、何も言わない。
ただ、そこにある。
こちらは、TRPGセッションを元にし、小説版として再構成したものになります。
気になる方は、こちらも参照してください。
https://youtu.be/pxSQ-SSQBdk?si=DjNwXhdccSa3eLWs




