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集宴-虚ろなる祈りの果て-  作者: くゆー(蜘蛛蘭燈)
婿取り -破炭大牙外伝-

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囲い

 囲まれていた。

 最初から、そうだったのかもしれない。

 気づいていなかっただけで。

 視線を動かす。


 前に 横。

 後ろ。

 どこを見ても、いる。


 人の形をした陰がだが、輪郭が定まらない。揺れている。


 水面のように。

 目だけが、こちらを見ている。

 逃げ場が、ない。


「……っ」

 息が詰まる。喉が乾く。

 足が、動かない。


 動こうとすると、違う方向へ動く。

 意識と、身体が、

 噛み合わない。


「……来てくれたのね」

 声が聞こえた 女。

 すぐ近くに。


 いや、ずっとそこにいた。

 振り向くと、そこにいる。


 距離は変わらない。

 だが、近い。


 近すぎるわけじゃないのに、

 逃げられない距離。

「……やめろ」


 言葉が、掠れる。

 女は、笑っている。

 変わらない。


 ずっと同じ笑顔。

「どうして?」


 問いかけ。

 優しい声。

 だが、その“意味”が、理解できない。

 いや、理解してはいけない。


 足元にぬるりと水。

 いや、違う。

 水ではない。


 形を持たない何かが、 広がる。

 足首に触れる。


 冷たい。

 だが、それだけじゃない。


 内側に、触れてくる。

「……っ!」

 身体が震える。


 だが、逃げない。

 逃げられないのではない。

 逃げる理由が、薄れていく。


(……ここでいいのか)

 一瞬、そう思う。


 その思考が、自分のものではないと、分かるのに。否定できない。


 影が、一歩近づく。

 音はない。


 だが、距離が詰まる。

「……おとう、さま」


 一つの声。

 次の瞬間、重なる。

 全てから。


 内側にも

 外側にも

 境界が、曖昧になる。

 視界が、揺れる。


 数が、分からない。

 一つか、無数か。

 どちらでもある。

 どちらでもない。


 理解・理屈が、崩れる。

「……やめろ」


 声が、遠い。

 自分の声が、 他人のように聞こえる。

 女が、手を伸ばす。


 触れる。

 左腕。

 同じ場所。

 前と同じ。


 だが、違う。

 今度は、 “迎え入れる”感覚。


 拒絶が、弱い。

「もう、大丈夫」


 囁く。「ここが、あなたの場所」

 違う。

 違うはずだ。


 だが、その言葉が、 正しい気がする。影が、さらに近づく。


 足元のそれが、広がる。

 包む。引きずり込む。


 深く。

 下へ。

 沈む。

 海の底へ。


 その瞬間。音がかすかに。

 混じる、違う音。


 水ではない。

 風でもない。

 もっと、 現実的な音。

 かすれた、鳴き声。


「……にゃあ」

 

微かな、猫の声。

 その一瞬だけ。

 思考が、戻る。

(……外だ)


 現実。

 海。

 夜。


 バイク。全部が、一気に繋がる。

「……っ!!」

 身体が反射的に動く。


 強引に、無理やり。

 引き剥がす。何かを。


 自分から。

 足を踏み出す。


 前へ。 影を、すり抜ける。


 触れる。


 冷たい。

 だが、止まらない。


 走る。

 考えない、後ろを見ない。

 拝殿を抜ける。


 鳥居。

 石段。

 滑る。転びかける。

 それでも、止まらない。


 バイク。鍵。

 震える手。エンジン。


 かかる。音。


 現実の音。

 その瞬間。


 すべてが、切れる。

 振り返る。何もない。

 ただの、夜の道。


「……は……っ」

 呼吸が荒い。

 心臓が早鐘をうつ。

うるさい。 だが、戻ってきた。


 そう思った、その時。

 左腕に違和感を感じる。

 触 れ ると冷たい。


 何もない。

 はずなのに。

 内側で、何かが

 わずかに、動いた。

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