いしき
近い。
近すぎるわけじゃない。
だが、遠くない。
女は、そこにいる。
“そこ”という位置が、定まらないまま。
「……近づくな」と大牙は、吠えた。
言葉が出た瞬間、胸の奥が、軋む。
言ってはいけない言葉を言ってしまった。彼女を傷つけてしまった。そう思うより先に、身体が拒む。
「近づいてなんて、いないわ」
女は微笑む。
「ここにいるだけ」
“ここ”が、どこなのか分からない。
視界の端で、 女の輪郭が、一瞬だけ、
遅れついてこない。
(……今のは)
思考が、滑る。
一歩 下がる事に
ぴちゃりと、水の音。
もう一歩。
確かに、距離を取ったはずだった。
はずなのに。 視界の中の女は、 変わらない位置にいる。
「……なんで」
違う。距離は、縮んでいない。
詰められてもいない。ただ、気づけば
“元の距離に立っている”。
自分がか。
(……今、戻った?)
記憶が曖昧になる。下がった感覚はある。
だが、その過程が、抜け落ちている。
思い出せない。
どうやって、ここに立っているのか。
女が、微笑む。
「どうしたの?」責めるでもなく
ただ、そこにいる。
もう一歩、 下がろうとする。
だが、 足が、自然に前へ出る。
意識とは逆に。違和感はある。
止める理由が、思いつかない。
(……違う)
理解しかけた瞬間、頭の奥が、
きしむ。 考えるな。そう言われているように。
後ろへ、さらに一歩。
背中に、触れる冷たい空気。
振り返るとそこには、半開きの扉。
拝殿へと続いているのだろう。
(……逃げる)
思考より先に、身体が動く。
視線を外さないまま、横へ。
滑り込む。扉の内側へ。
その瞬間。音が、消えた。
水音も、呼吸も、 一瞬だけ、
途切れる。 遅れて、
戻る。
「…はぁ …はぁ……」
振り返るとそこには、いない。 女の姿は。
だが。 “見えていないだけ”だと、分かる。
視界の外かどこかに、 その確信だけが残る。
ぴちゃ、
ぴちゃ。
水の音。今度は、床の下から。
棚に目を向ける。
木札が 整然と並ぶ。
だが、 一瞬だけ、数が増えた、視線を戻すと、元に戻っている。
手を伸ばし触れた。
木の感触があった 裏返すとそこには 名前、
【破炭大牙】と刻まれていた。
「……は?」
一枚じゃない。同じ名前。
また、同じ名前。違う書き方。
違う古さ。
だが、全部
同じ。
「……なんだよ、これ」
裏を見ると当然のように今日の日付
別の札。
さらに奥。
小さな札。
まとめられ 。文字は、読めない。
だが、意味だけが流れ込む。
【■■大■】血。
子。産まれる。
増える。
「……やめろ」
その時 音が聞こえた 後ろから、
足音が軽い。
だが、重なっている。
一つじゃない。
複数でもない。
数えられない。
振り向く。
いない。
だが、いる。
視線を、下げる。
影。人の形。
だが、輪郭が揺れる。
水面のように。
目だけが、固定されている。
こちらを見ている。
「……おとう、さま」
一つの声。
次の瞬間、すべてから聞こえる。
外からか、内側からか、分からない。
「やめろ」
後退る。背中に、触れる。
今度は、確かに、何かに。
振り向かない。
振り向けば、終わると分かる。
「ほら」
女の声。
すぐ後ろ。いや、ずっとそこにいた。
「ちゃんと、帰る場所」
囲まれている。
最初から。逃げ場は、なかった。
信じられませんがこのシナリオ行ったプレイヤー初挑戦でこの内容です。




