最終決戦・大内裏大極殿 金平、泣いて・・・を斬る、の事(その一)
「か……はっ……!鬼……このような形の『鬼』も……ある、とは……」
ようやく拘束を解かれ、血流が戻った身体の感覚を取り戻すように武者震いをした頼義は、さっきまでそこにあった、ヒトとは違う姿の「鬼」の存在を知り、先ほどとはまた違う震えに襲われた。
「……さすがは『童子切』といったところかえ。こうも容易くこの縄鏢が斬られるとは思わなんだわ」
白面童子の雰囲気が変わった。それまでのどこか人を食ったような笑い顔の貼り付いた姿から、全身に殺気をみなぎらせた「鬼」のそれへと変化していった。
「ならばお前も、その鬼斬りの太刀も、この世に残しておけば後々に御方様の災いともなりえましょう。故にこの白面童子、全力をもってお相手致す」
白面童子が申し訳程度に肩にかけていた唐衣を脱ぎ捨てる。身体に密着した肌着一枚になった彼女は、もはや何も己を縛り付けるものはない、と言った風に一片の隙も無かった。その殺気がみるみる膨らんでいく。
「ねえ、まだあ?もう飽きたよう」
そばにいた酒呑童子は退屈そうにあくびをしながらつぶやく。この激戦の最中だというのに、彼は暇を持て余して折れた橘の枝で庭に敷かれた玉砂利に線を引いて絵を描いて遊んでいた。
「堪忍してたもれ。すぐに此奴らをぶち殺しますさかいに、もうちょっと辛抱しておくれやす」
白面童子はそういうと天に向かって指をパチンと鳴らし、膝を折って絵描きに夢中になっていた酒呑童子を抱きかかえるとひとっ飛びに大極殿の屋根に飛び乗った。
「どうしたい、逃げるのか?俺たちをブチ殺すんじゃ無かったのかよキツネ女」
金平が挑発する。満身創痍で今にも気絶してもおかしくない状態のくせにどうしてわざわざ煽るようなことをするのか。
「はいな、言葉通りにブチ殺して差し上げますえ。安全に、確実、自分の手を汚さずになあ」
白面童子は主人を抱きかかえたまま調息を行い呼吸を整えると、祈るように禁呪を唱えた。
「そは群山の祖、五岳の中心、天地神霊の府。南無、泰山府君来臨守護急々如律令!」
妖狐の魔女がそう唱えると、突然地面が沸き起こり、無数の「何か」が起き上がってきた。暗闇の中でそれは低い、呻くような響きを立てて動き出した。
「これは……ああ、そんな……!?」
頼義も金平もその「何か」を見て声を上げた。そこには
この鬼との戦で果てて行った、無数の兵士たちの死体が立っていた。
「そんな、そんな……」
頼義は彼らの姿を見て動揺した。槍に体を貫かれた兵士がいる。腹を抉られて内臓を引きずった兵士もいる。千切れた自分の首を小脇に抱えて歩く兵士までいる。その全てが、その全員が頼義を見つめていた。
「と、の……とのおおオオオオオ……」
兵士たちの死体が呻いた。
「イタイ、苦シイヨォ……なゼ、おれタちがKOんなメに……との……トのおおおォ」
「わた、私は、私は……!」
「こんなに苦しい思いをする羽目になったのはみんなおまえのせいだお前が俺たちをこんなところに追いやったお前のせいで俺たちは死んだお前のせいで俺たちはこんなに苦しんだなぜお前は生きている何故のうのうと生を貪るお前だけ生きているなんてずるい俺たちはこんなに苦しんでいるのにずるいずるいずるいずるいずるいずるい」
「あ……ああ……」
「ほほほ、これぞ道家仙道『反魂僵尸』の術!どうだ、この兵士たちは皆お前が戦場へ行かせたためにこうなった。死者たちの恨み、骨の髄まで味わうが良い」
頼義が後ずさる。
「ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい」
兵士たちが頼義と金平を取り囲む。死体は二人に襲いかかるでもなく、ただ二人に向かって恨みの言葉を垂れ流し続けるでけだった。
「許して……ゆるして……!」
頼義が膝をついて頭を抱えて絶叫する。それでも死体たちは容赦なく頼義を苛み続ける。
「いやあああああああああああああああ!!」
頼義は発狂寸前だった。わかってはいた事だった。これは大将である自分の責任なのだ、自分が彼らを死地に追いやったのだ。その重荷は一生自分が背負って行く、その覚悟はとうにできていた。そのはずだった。なのに……
「お前のせいだお前が俺たちを殺した俺たちだってもっと生きたかった苦しい痛いなんで俺たちがこんな目に合わなければならないんだお前のせいだああ首が取れてしまった俺なんか臓物を全部食われてしまった生きながら犯された生きたまま食いちぎられたなんでこんなに苦しいんだああこれも全部お前が悪いんだお前が」
「ああわかったわかった、ゴタゴタゴタゴタ五月蝿えんだよお前ら」
そう言いながら金平は先頭にいた兵士を力一杯蹴飛ばした。蹴られた兵士は吹っ飛ばされながらもブツブツと虚空に向かって恨み言を繰り返していた。
金平はうずくまる頼義の頭を軽くポンと叩いて
「おいガキんちょ、泣くこたあねえぞ。確かにこいつらが死んだのはお前の責任かもしれねえ。だがな、お前が悪いわけじゃねえ。戦場で死ぬのは兵士自身の責任だ。兵士なんだったらな、死んだ責任を他人に押し付けたりなんて……しねえ!!」
満身創痍の身体で金平が剣鉾を一閃する。死体たちは相変わらずゾロゾロと湧き出ては恨み言を繰り返している。
「それでも……それでも耐えきれなかったのなら、その時は」
金平がいつもの不敵な笑いを見せる。
「半分ぐらい俺が受け持ってやるよ」
金平が頼義を守るように仁王立ちに立ちはだかる。
「来いや死体ども、この世に未練があるのならば、この坂田公平が熨斗つけてあの世に送り返してやるぜ!!」
「金平……どの…」
金平の背中が見えた。いつだって大きく、強く、どんな時でも自分を守ってくれた、大きな、背中……
「口先だけは威勢のいい小僧よ。でもその強がりもいつまで続くかえ」
白面の嘲笑に耳も貸さず金平は目の前にいる死体たちを薙ぎ払った。金平がひと薙ぎする度に死体はブツブツ言ったまま吹き飛ばされていく。
三度目の薙ぎ払いで、正面の人だかりがあらかた取り払われた。薙ぎ払われた人垣の向こうに、さらにもう一人の死体が立っていた。その兵士の死体の胴には
茨木童子の右腕であった鉤爪が深々と突き刺さっていた。




