最終決戦・大内裏大極殿 変幻怪生白面童子、の事
すでに身を潜める場所も失った金平と頼義は、思い切って白面童子の真正面に切り込んだ。金平が頼義をかばうように大きく手を広げて盾となり、頼義はその影に隠れながら童子切安綱の太刀を下段に構えて走る。
「ほほ、やけっぱちの特攻は美しうないどすえ」
白面がいたぶるように金平を縄鏢で斬り刻む。両端の一方は剣先、もう一方は錘のついた唐国の武器は変幻自在の軌道を描いて金平を襲う。金平の脛当てが砕ける、手も足も、次から次へと襲いかかる縄鏢の牙を避けることもできずに幾重にも切り傷が刻まれていく。
「こ……のお……っ!」
それでも金平は一歩、また一歩と白面の元に近づいていった。音よりも速く襲いかかる鏢をかわすことなど不可能である。だが金平は白面の手先、指先、肩、その全ての動きの「起こり」を全力で集中して見極め、そこから派生するであろう次の動きを先読みし、かろうじて急所を防いでいた。金平はまた一歩近づく。
「あらあらまあまあ、小僧かと思うとったら、ふふ、それなりに修練を積んではるんやねえ、偉い偉い。ではこれならいかがどすえ」
白面は縄鏢を持った手を後ろ手に回して隠した。これでは金平からは手の動きが読めない!縄鏢は変わらず高速で回転をし続ける。そして
「破っ!!」
白面の気合いとともに彼女の背中から肩越しに鏢が縦に叩きつけられる。金平は一か八かで身体をかわし、奇跡的にその攻撃を避けた。
次の瞬間、横から薙ぐように襲って来た錘の方の縄が金平と頼義にグルグルと巻きついた。
「……!!」
二人を拘束した縄はギリギリと音を立てて身体を締め付ける。縛られて血流の止まった手先がみるみる色を失い、痺れていく。
「詰みどすえ。さあどないしてくらしゃりましょ。このまま放り投げて叩きつけるも良し、それとも……このまま縛り上げて捻り切ってしまおうか」
勝利を確信して白面が笑う。そんな彼女を見て
「詰んだのはお前だキツネ女。やっと捕まえたぜバーカ」
金平が自分を縛り付ける縄に手をかける。
「なに!?」
白面の目が一瞬大きく見開く。金平は裂帛の気合でもって手にした剣鉾を振りかざし、白面の縄鏢を両断した。
はずだった。
渾身の力で振り下ろした刃は確実に縄を捉え、斬り裂いたはずだった。だが縄はその一筋も切れ目を見せる事なく、黒々とした艶を滲ませている。
「なん、だとぉ!?」
金平が驚愕する。
「ほほほほ、だから詰みだと申しましたわえ。この縄は咎負って処刑された女の髪の毛を撚って編んで、獣脂を染み込ませて鍛え上げた怨念の塊よ。なまじな刃なぞ通りはせぬわえ」
二人を縛る力がますます強まっていく。
「死ね。脈々と受け継がれし恨み、憎しみ、絶望、その全てを味わい苦しめ!!」
なおも緊縛の力は増していく。金平はついに剣鉾を落とし、苦痛の声を上げた。
「おお、主さんほどの猛者でも苦痛に耐えかねて泣き声をあげるかえ。ふふ、これこそ愉悦、これこそ至福よ」
白面の目が青白く爛々と輝く。頼義も苦痛に顔を歪めながら、それでも最後の抵抗を試みた。
「無駄、無駄、無駄よ。我らが積年の恨み、主さん程度の小娘に抗えるものではないわ」
「お、怨念と……言ったな……」
血が通わず真っ青になった顔で頼義は絞り出すように呻く。
「おに……『鬼』ならば……!」
頼義は震える手で必死になって安綱の太刀を縄に当てる。初めて白面の表情が変わった。今までの小馬鹿にしたような微笑みは消え失せ、俄かに殺気を帯びた目を見せる。
「おおっとお!」
白面が急いで手元に引き寄せようとした縄を金平が掴んだ。縄は白面と金平との間で棒のようにまっすぐに張り詰められ、ギリギリと音を立てた。
「上等だ、力比べで負けてたまるか!!」
必死で縄を手繰り寄せようとする白面に対し、金平はそうはさせまいと逆の方向に引っ張る。両者の間で凄絶な「綱引き合戦」が始まった。
「ぐ……ぬ……おおっ」
口角から血の泡を吹きながら金平が右手一本で耐える。頼義は全精力を注いでようやく縄に安綱の刃を当てた。縛られたままでは一気に振り切る事は出来ない。頼義は刃を当てた部分に自分の体重を乗せた。細かく縒り合わされた毛髪の縄は少しずつプツプツと音を立てながら解れ切れていく。そして
「やあああああ!」
頼義は決死の覚悟で安綱の刀身に歯を噛み当て、両手と口とで挟むように安綱を固定すると、全体重をかけて倒れ込んだ。
ゴロゴロと激しい勢いで金平と頼義が転がる。安綱の霊刀に断ち切られた怨念の髪縄は切り口から真っ黒な炭の粉となって風化していった。




