最終決戦・大内裏大極殿 首魁、本丸へ辿り着くの事(その二)
「やあ、また会えたね、可愛い恋人」
涼しい笑顔で鬼の王が語りかける。静かで優しげな佇まいなのに、何故これほどまでに吐き気がするほど下劣な印象を受けるのだろう。頼義と金平の全身に再び緊張と闘志が張り詰めて行く。
「酒呑童子、どうやってここまで辿り着いた?」
金平が一見愚にもつかぬような事を問いただす。答えはわかりきってはいることだが、金平にはあえて聞くことの意味があった。酒呑童子はちょっと忘れ物を思い出そうとするかのように小首を傾げ、
「んー、門から?」
と素っ気無く答えた。
「んなこたあわかってるよバカヤロウ、ここに来るまでに朝廷の正規軍がいたろう。相撲力士の部隊もだ。そいつらの目をかいくぐってここまで来たんだよ?ネズミみてえに軒下を這いつくばってたか?」
「えー、コソコソと隠れながらなんてそんなまだるっこしい事しないよう」
なんでもないというような風で鬼は莞爾と笑う。
「みんな殺してきた」
「……!!」
頼義の目が大きく見開く。まだ朱雀門砦には道長麾下の正規軍と金平が集めた巨人のような力士たちの部隊が鬼たちの侵入を防ぐために立て籠もって奮戦していたはずだ。休みなく続く鬼の猛攻に疲弊していたとはいえ、その数は千を超えていたはずだ。それを……
「殺した、だと?お前がか!?」
金平の目が怒りに燃える。
「やだなあ、平和主義の僕がそんな野蛮なことするわけないじゃないかあ暴力はんたーい。そういうのはね、ぜーんぶ彼女がやってくれるのさ」
そう言って酒呑童子は隣にいる白面童子の頭を撫でる。女は嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らし酒呑童子に身体をすり寄せる。
「あんさんらあトコの陰陽師はんもなかなかにおできにならしゃったけんど、まあ奇門遁甲の陣にかけては妾のほうが上手でありんしたなあ。ふふ、どこの国に行っても都はあんじょう良う道が縦横に伸びとるよってに、凶門を開くのなんて赤ん坊を縊り殺すより簡単やったわあ」
妖狐の女は口を大きく開いて笑う。
「みいんな、すっとんと冥門に落とし込んでやりましたえ。勢い余って鬼たちも一緒に落っこちてもうたけんど、愛嬌愛嬌、ふふふ。あれ、みいんなどこへ行ってまうのかねえ、まあ多分……現世より楽しいとこではないやろなあ」
ころころと女は笑いながら虐殺の光景をさも楽しげに講釈する。朱雀門砦にいた兵士たちは鬼もろとも白面の術によってこの世から消え去ってしまったというのか。遠く、南の壁面に赤い光が湧き上がるのが見えた。朱雀門の砦に火が回ったのだろう。
「でもまあ、流石に大内裏はいけんわなあ。二重三重に結界が張ってあって大掛かりな術式は組めへんわあ。だから……」
白面童子が懐から束ねた縄のようなものを取り出した。
「妾が直々にお仕置きしてあげますわえ」
白面童子は束ねた縄を放り上げると、縄は生き物のように自在に動き、目にも留まらぬ速さで回転し、波を打つ。その回転が頂点に達した瞬間、縄は槍のように一直線に金平を襲った。
「うおっ!!」
反射的に身をそらした金平はかろうじてその攻撃をかわした。金平の頬にうっすらと血筋が走る。
「あらん、外したわえ。久しぶりにやるさかいまだよう調子出んわあ」
ヒュン、ヒュンと風を切る音を立てて縄が再び回転する。この暗闇の中ではその軌道をとらえることすら難しい。
「ふふ、この縄鏢から逃れられるかえ?もっとも……」
突然頼義の後ろで橘の木の幹が抉れた。驚くべきことに、木が破壊された後からついて来るように縄が空を切る音が時間差で鳴り響いた。
「!?」
「妾の放つ『流星錘』は音より早く飛びますえ。さあ、捉えられるか!?」
白面の周囲を目まぐるしく飛び回る縄錘は、四方八方あらゆる角度から二人を襲う。その変幻自在の殺法に頼義も金平も何一つ打開策を講じることができずに追い詰められていった。
金平の腕の肉が削り取られる。頼義の頭に巻かれていた鉢金が飛ぶ。二人はなんとか鞭打ちの雨の中を掻い潜り、橘の大樹に隠れた。
「おい」
金平が荒い息で頼義に呼びかける。頼義は息を整えきれずにゼエゼエと喘ぐ。
「聞いてんのかコラ、ガキんちょ!」
「ガキんちょ言うな……!」
「おう、言い返す余裕があるなら行けるな。おい、聞け」
金平が何かを耳打ちする。頼義が驚いた顔で金平を見る。
「いいか、何があっても立ち止まるなよ」
そう言って金平はニヤリと笑う。
「もういいかえ?かくれんぼは終わりどすえ。こわあい鬼さんが食べちゃうぞっと」
金平たちの頭上を猛烈な勢いで縄が巻きついた。縄は橘の太い幹にメリメリと食い込むと、まるで雑草を抜くかのように軽々と引き抜かれた。大樹に隠れていた二人はいきなり無防備な姿を晒す形になった。
「なああっ!?」
予想だにしない白面の怪力を目の当たりにして、まだ準備の整っていなかった金平は珍しく焦りの顔を見せた。すぐにもあの縄鏢の一撃が飛んで来る……!
「くそっ……ええいまよよ、行くぞガキんちょ!!」
「だからガキんちょって……!!」
その言葉を最後まで聞き終えずに、金平は無謀にも白面の正面に向かって突進した。




