最終決戦・大内裏大極殿 金平、泣いて・・・を斬る、の事(その二)
「竹綱、か・・・」
金平が目の前に一人現れた「動く死体」を虚ろな目で見る。死体は俯いたまま顔で表情はうかがえない。その姿勢のままで死体はつぶやいた。
「さむ・・・い」
頼義は背筋を凍らせた。紛れも無い竹綱の声で死体がしゃべる。
「ここは寒い・・・ああ、何もない。ただ痛い、痛い。金平・・・知ってるかい、ヒトは死んだらその瞬間のまま時が止まってしまうんだ。その瞬間のまま、永遠に・・・。僕はご覧の通り腹を貫かれてしまった。痛かったよ。今も痛いんだ。この痛みを引きずったまま、僕は永久に苦しみ続けなくちゃならない」
「たけ・・・つな・・・!!」
「苦しい、苦しい・・・くるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくくくくくるるるるるる」
「竹綱どの・・・竹綱!!どうか、どうか・・・!!」
それまで狂ったように同じことを繰り返しつぶやいていた竹綱・・・の死体が不意にピタリと止まった。
「との・・・いや、すゞ子姉さん・・・助け、て・・・くるしい、くるしいよ」
頼義が震える手を竹綱に向けて差し出す。
「さくら・・・あの桜の枝・・・そう、僕があげた・・・」
「竹綱、いいの、もういいの。ごめんなさい、ごめんなさい!」
「たすけて、くるしい・・・」
頼義が竹綱の死体の手を握る。
「この苦しみから助けて、ぼくを・・・君の・・・」
竹綱・・・の死体が顔を上げた。
「肝をくれええええええ!!!!!」
武綱の死体が頼義の肩口にかぶりつく。金平がとっさに構えるが、それを頼義が制する。
「いいの!いいのよ金平・・・。竹綱、ごめん、ごめんね。ずっとあなたの事忘れてた。ううん、わざと思い出さないようにしていたのね。あの時、私がこの目であなたを操り、あの桜の枝を取らせた。あんなに怪我をして、それなのに・・・だから、だからもういいの」
ずぶり、と鈍い音を立てて竹綱の背中から刃が生えた。
「もう、眠っていいのよ、竹綱・・・あなたの命も痛みも、私が背負っていく」
安綱に貫かれた竹綱の死体は何かを言いながら元の死体に戻って行く。
「あ・・・り・・・」
言い終わる前に、竹綱の身体もまた真っ黒な炭の塊となって崩れ落ちて行った。
がらん、と音を響かせて、頼義の足元に竹綱の具足と茨木童子の鉤爪、そして鬼切丸の太刀が散らばった。
金平はその間何もできずに、ただ頼義の黄泉路送りを見届けるだけだった。竹綱は救われたのか、それとも・・・
「あははは、すごいねえ。ねえ、どんな気分?死体になった自分の部下をもう一度自分の手で殺すってどういう気分ですかあ?」
屋根の上から酒呑童子が初めて面白いものを見つけたというふうにはしゃいだ。
「悲しいのかな、苦しいのかな?もしかして興奮のあまりアソコが濡れちゃったりして、あははは」
「テメエ・・・!!」
激昂する金平を頼義が抑える。
「残るは酒呑童子、鬼の王よ、そなたらのみとなった」
頼義の言葉を聞いて酒呑童子はくるりとおどけた調子で周囲を見回す。
「うん、そうだねえ、君らの兵隊はもういない。僕らの鬼ももういない。この戦は終わりだ。うん、なべて世は事も無し、つまり」
端正な顔を歪めて口を大きく開く。
「僕の勝ちだ」
涼やかに勝利宣言をした鬼の王はなおも続ける。
「何百、何千鬼を殺した?何千の兵を殺された?ふふん、そんなものはどうでもいい、実にどうでもいい。今、ここに、僕が辿り着いた。これでこの勝負は終わりだ。だって僕こそが『鬼』、僕こそが唯一の『敵』なのだから。僕がここにいる事、それこそが僕らの勝利の証に他ならない。そしてご苦労様愛しい恋人、僕のためにここまでお膳立てしてくれて」
酒呑童子が口を歪める。笑っているつもりらしい。
「渡辺党の海賊どもを生贄に捧げ、衛士小隊の若者を生贄に捧げ、正規軍を、御陵衛士を、力士たちを、自らの郎党までもその全てを僕のために犠牲にして捧げてくれた。この甘味、この悦楽。まこと殊勝なものよ、褒めてつかわすぞ、娘」
(何を言ってやがるんだ、こいつは・・・?)金平には酒呑童子の言っている意味がわからなかい。気づいたことは、いつの間にか頼義が酒呑童子と
目 を 合 わ せ て い る
という事だった・・・!
「お前・・・!!」
酒呑童子がひらりと地上へ舞い戻ってくる。頼義は無表情で彼に近づいていく。
「よせ、やめろ・・・!!」
金平が止めようと頼義に近づいた時、稲妻のような閃光と共に金平はその場で一歩も動けなくなった。
「貪狼、巨門、祿存、文曲、廉貞、武曲、破軍・・・ほほ、紫微大帝はどちらかえ?これぞ北斗七星、天地交泰禹歩の陣よ」
「くっ、てめえ、季春みてえな小細工を・・・!」
金平は必死でもがくが、金平の足は地に根が生えたように動かない。
「ほれほれ、そなたのお仲間の小細工よりはるかに効きやるやろ?」
そう言いながら白面童子は動けない金平をいたぶるように撫でた。金平の顔を白面の長い舌がベロリと舐め回す。金平にとってはそれが暴力を振るわれるよりもよほど苦痛に思えた。
「さあ、おいで。初めから君はそのつもりだったんだろう?頼光だか晴明だか知らないけど、その封印?もなあんの意味もなさないさ。だってそうだろう、君だって、自分の方から僕を求めていた」
「・・・・・・」
「やめろ!違うぞガキんちょ!!お前は・・・!!」
動けぬ身体でなおも頼義を止めようと必死で叫ぶ。が、彼女には届かない。
「君は初めから僕に会うためにこの戦を始めた」
頼義は頭に巻いていた割れた鉢金を捨てた。
「君は最初に会った時から僕の虜になっていた」
頼義は肩の綴じ糸を切って鎧を脱ぎ捨てた。
「そしてその想いは今の今まで途切れる事なく・・・いや、より一層強く!」
泥で汚れた脛当てを蹴飛ばして外した。
「さあおいで鬼の女王。共に世界を支配しよう」
そして酒呑童子の前に立ち、手にしていた童子切安綱の太刀を振り上げ
それを投げ捨てた。
「ガキんちょ・・・!」
そして頼義は、そのまま身体を酒呑童子に預けた。
「ははははははは、ははははははは!!ようやく僕の元に来たね愛しい恋人。君が全ての男を支配し、僕が君を支配する。いよいよだ。楽しい時代が来るぞう、ははははははははは!!」
頼義は無表情のまま黙って酒呑童子の懐に抱かれたままでいる。金平は獣のように目を見開き絶叫する。白面童子は、恋人同士のように抱き合う酒呑童子と頼義の二人を冷ややかな視線で見守る。
「さあ殺そう、殺して、殺して、殺しまくろう。この京の都を、倭の国を、この地平全ての人間を!!まずは・・・」
酒呑童子は動けない金平をちらりと見る。
「そこにいる虫けらを殺しておいで」




